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困惑の先に 11

「……別に、理由なんてねぇし……」 「なんだそれ。それじゃあ答えにならねぇだろうが」 「うるせぇな……。気付けよ馬鹿」 ぼそりと呟いたかと思えば、半ば強引に怜旺のネクタイを引っ掴んで引き寄せた。避ける暇もなく唇にチュッと軽い羽のようなキスが唇に落ちる。 顎をしっかりと固定され、首を動かすことも出来ないまま、一度離れた唇がまた重なった。 しっとりと唇を吸われ首の後ろがざわっと粟立つ。 「――――っ」 不意打ちのキスに目を見張ると、圭斗が不機嫌そうに舌打ちをして乱暴に身を離した。 そしてそのまま、怜旺に背を向けると、圭斗は一度もこちらを振り返る事なく 校門を抜けて帰って行った。 「……っなんなんだ……今の……っ」 夏の暑さも、茹だるような熱も、蝉の大合唱さえも何処か遠くの事のように現実味がない。 怜旺はただその場に立ち尽くし、暫くの間呆然と自分の唇に触れていた。 「……獅子谷先生? どうしたんですか? そんなところで」 突然、後ろから声を掛けられビクリと肩が跳ねた。  振り返ると、そこには同僚の増田と、付き人のようにいつも一緒に居る鷲野が不思議そうにこちらを見ていた。 「うっわ、耳まで真っ赤っすよ? 熱でもあるんじゃ……」 心配そうな顔をした鷲野に顔を覗きこまれそうになり、慌てて一歩引いて距離を取る。 「……っ何でもないんです! 失礼しますっ」 今、ツッコミを入れられたら、上手く取り繕える自信ががない。怜旺はバクバクと激しく脈打つ鼓動を誤魔化すように、脱兎の如くその場から逃げ出した。

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