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微妙な距離感

それから数日は何事もなく過ごした。あの日の事については圭斗から触れてくることは無く、玲旺も極力その話題は口にしないように平静を装い、日常を過ごしていたのだが――。 一度意識してしまったせいか、目が合うたびに気まずさが先に立ち、逆に不自然に視線を逸らすようになってしまった。 お陰で、圭斗の機嫌は日に日に悪くなるばかりで、重苦しい空気が教室内に充満している。 このままじゃいけないと思いつつ、どうしたらいいかなんて解らなくて怜旺は重い溜息を吐いた。 普段自分勝手に呼び出すくせにこういう時に限って、圭斗からの呼び出しは無い。 いや、今呼び出されたって困るのだけれど。別に圭斗の事が嫌いで避けているわけでは無い。むしろ、自分の気持ちがよくわからない分困惑しているだけ。 玲旺はもう一度溜息を吐いて自分の机に荷物を置くと再び重い息を吐きだした。 「補講、上手くいってないんですか?」 コトリと目の前にカップが差し出され、怜旺は緩慢な動作で顔を上げた。そこには、心配そうな面持ちの増田が居て、目が合うとにっこりと微笑まれて怜旺は小さく「まぁ、そんなところです」と返事を返した。 目だけで周囲を見渡すが、今日はいつもくっついているあの男はいないようだった。 「最近、授業も気もそぞろって感じですね」 「……ちょっと、色々ありまして……」 「ふぅん、色々……ねぇ。獅子谷先生のクラスは問題児の集まりだし……、悩みも尽きないですよね」 「ハハッ、まぁ……」 確かに受け持った直後は荒れ放題だったが、今はみんな落ち着いて来て実際はそこまで大変だとは思わないのだが、敢えて説明する気になれずに怜旺は曖昧に笑ってごまかした。 元から、本当の悩みなんて話すつもりは毛頭ない。話した所で理解してもらえるなんて思っていない。 そんな事を考える自分にまた自嘲気味な笑みが零れる。 「……はぁ、そろそろ心開いてくれたっていいのに。つれないなぁ」 増田がぼそりとそう呟くのが耳に響いて、怜旺はカップに口を付けながらゆっくりと顔を上げた。

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