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微妙な距離感 9

「ほらよ」 「あ?」 「早くしろ。溶けちまうだろうが」 半ば強引に圭斗にソフトクリームを押し付け、自分はコーンからはみ出しそうになっている下の部分にぱくりと食らいつく。 濃厚なバニラの味わいが口の中に広がり、その甘味に思わず顔が緩んだ。 「んま……っ。案外美味いぞ。食わねぇのか? もしかして、甘いの嫌いか?」 「別に……っ嫌いじゃねぇし」 圭斗は暫く迷っていたようだったが、結局は溶けかけてきたソフトクリームを舌で舐め取るようにして口に運んだ。 「ん、確かにうめぇな。コレ」 口いっぱいにソフトクリームを頰張り、口の端に付いたクリームを指で掬い取り口に含む姿が妙に色っぽく見えて、怜旺は息を呑む。 口を大きく開けたまま赤い舌を長く伸ばして真っ白なソフトクリームの側面を丹念に上下している。その口元から覗く赤い舌先に視線が釘付けになる。何だかいけないものを見ているような気がして咄嗟に視線を逸らすと、それに気が付いたらしい圭斗がにやりと笑った。 「……なぁに見てんだよ。獅子谷センセ」 「み、見てねぇ! 自意識過剰なんじゃないのかっ!?」 「とか何とか言っちゃって、顔、真っ赤だぜ? なに想像した? スケベだな」 「なっ! ち、ちがっ……これは酒のせいでっ!」 ソフトクリームを食べる仕草がエロく感じるだなんて、そんなはずは無い。指摘されて頬が熱くなったのだって、酒がまだ体内に残っているせいだ! 絶対そうだ。 そうに決まってる。 気を紛らわせようと、ソフトクリームを慌てて頬張りながら怜旺は海の方へ向き直った。煌びやかな夜景が目の前に広がる。 この時間帯でも、まだまだ、海は夜の闇を孕んでキラキラと輝いていた。ゆっくりと流れる夜の時間が心地よい。 潮風が頬を撫で、髪を攫う。海の匂いが身体に纏わりついて、あぁ夏だな。と、実感する。 ククッと喉を鳴らして、自分の隣で柵に凭れ掛かり海では無く、こちらを見て来る圭斗の視線には気付かない振りをしながら、極力平静を装い話題を変えようと口を開いた。

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