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思い出
「……はぁ」
公園前でタクシーを降り、ふらつく足取りで怜旺は歩き始めた。何時も子供たちの笑い声で賑わっている公園も流石に今はひっそりと静まり返っている。
圭斗に拉致られ、海を眺めながら本気か冗談かもわからない告白を受け、更にキスされてから、数時間が経過していた。
危なかった。尻ポケットに入れていたスマホが鷲野からのメッセージの着信を告げなければ、うっかり流されてしまう所だった。
あの時、確かに拒否しようと思えばいくらでも出来たはずだった。
なのに怜旺は拒否しなかった。 寧ろ、キスを止めたくない。なんて心の何処かで思っていた自分が居て、その事が不可解で。
一体、何故なのだろうか? と、いくら考えれてみても、一向に答えは出ない。
圭斗は人の気持ちなんて全くお構いなしに身体だけを求めてくるような、自分勝手で傲慢で、どうしようもない男だと思っていたのに。
あんな風に、真っ直ぐに自分を見て、告白してくるだなんて。”好きだ”なんて、今まで一度も見せたことも無いような真剣な顔で言うものだからどうにも調子が狂ってしまう。
「……好き、とか……冗談、だろ?」
出来ればあれは冗談だったと、なに真に受けてるんだとあの場で笑い飛ばして欲しかった。
寧ろそうじゃないと困る。
……本当に、困る。だって……自分は――……。
気が付けば、怜旺は団地の駐輪場の一角に足を運んでいた。 少し埃を被ったカバーを外すと、黒光りした車体が姿を現す。
今はもう、ほとんど乗ることも無いソレは、圭斗が買いたいと言っていた憧れのバイク。
自分の青春時代を共にした愛車でもあり、今の自分を作るきっかけになったバブだ。
「……好きだ、なんて……言うなよ」
ヤンキーの世界から足を洗って、当時持っていたものは全て処分した。だけど……どうしても、このバイクだけは手放すことが出来なくて、定期的にメンテナンスをするだけの存在だ。
真っ黒なシートに触れれば、手に良く馴染むひんやりとした感触が伝たった。
目を閉じれば、愛車と共に過ごした日々が色鮮やかに蘇ってくる。
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