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思い出 11
「ありがとう、お兄ちゃん」
「……別にいいよ。そんな事よりお前。こんな時間にこんな場所で何やってるんだ? 親は?」
怜旺の問い掛けに、男の子が俯いて口をつぐむ。
「……」
知らない人間と話すなとでも言われているのか、押し黙ってしまった少年を前に困ったように頭を掻いた。もしも迷子なら警察に連れて行ってやるべきだろう。今は一人になりたかったのに、うっかり面倒ごとに首を突っ込んでしまったかもしれない。
そんな事を考えていると
「……ニ……、ニャォ……」
突然、少年の服の中からか細い小さな鳴き声がした。
「猫?」
眉を顰め、マジマジと少年を凝視する。すると、少年の服の襟ぐり部分から、小さな子猫がひょっこりと顔を出した。
「あっ、駄目ッ!」
真っ黒な毛並みに金色のクリッとした双眸がジッとこちらを見ている。怯えているのか耳は後ろに垂れさがり、微かに毛を逆立てて震えているようにも見える。
「……もしかして、親とはぐれちまったのか?」
何気なく尋ねた言葉に、少年はハッとしたように顔を上げ、小さくコクリと頷いた。
「……うん。お昼にママと此処で見付けたの。一人ぼっちだったし、もしかしたらお腹空いてるんじゃないかと思って……。そしたら、あの怖いお兄さん達が猫ちゃんを虐めてたから……」
「……アイツら……」
こんな小さな猫を虐めるとはどれだけ性根が腐った奴らなんだ。
彼は、それを目の当たりにして訳も分からず無我夢中で不良の中に飛び込んで猫を守ろうとしたのだろう。
「そっか。お前、子猫を守ってやったんだな。すげぇじゃん」
少し腰を屈めて小さな頭をクシャリと撫でてやると、みるみるうちに少年の顔が歪んで、大きな瞳が水の膜で覆われる。
「あんな怖い奴らにも立ち向かって……勇気あるな。アイツらより男じゃん。カッコいいよお前」
「っ、~~~ッおにいちゃ……うっ」
「!? ど、どうした? どっか怪我してんのか!?」
怜旺の言葉を受けて、男の子の目に大粒の涙が浮かぶ。突然泣き出した事に驚いて、怜旺はオロオロと視線を彷徨わせた。
泣きじゃくる子供の慰め方なんてわかるわけがない。でも、そのままにしておくわけにもいかず、何か泣き止ませる方法はないものかと思考を巡らせる。
「こわか……っ、怖かったよぉ……っ」
どうしよう、どうしたらいいんだろう? こんな状況を誰かに見られたら、自分が泣かせたみたいな勘違いをされてしまうかもしれない。
ソワソワと落ち着かず、取り敢えず涙と鼻水を拭いてやろうかとポケットに突っ込んでいたハンドタオルを取り出そうとした時、指先に何か固いものが触れた。
そう言えば、ブレスレットを捨てそびれていたことを思い出し、何だか自分まで泣きたいような複雑な気分になってしまう。
「ほら、泣くなって。にゃんこを救ってくれたスーパーヒーローが、いつまでも泣いてたらカッコ悪いぞ」
「ぅぅっ、ひっく……ヒーロー?」
「そう。お前は、この子のヒーローだよ」
ようやく泣き止んだ少年の目が、クリッと上目遣いに怜旺を見上げてくる。どんな時代も正義のヒーローというものは男子の憧れなんだなと苦笑しつつ、ポケットに手を突っ込んでブレスレットを取り出すと少年の小さな手の平にそっと乗せた
「コレ、やるよ。猫を守ってくれたお礼な」
「えっ?」
キョトンとしている少年は手の中にある黒光りしたブレスレットと怜旺の顔を交互に見つめ、いいの? と言わんばかりの表情で首を傾けている。
「あぁ。ヒーローの証だ」
そう言って頭を撫でてやると少年がパァッと顔を輝かせた。
「へへっ、ヒーローの証……。キレー……」
ブレスレットを誇らしげに見つめる少年は、先ほどまで泣きじゃくっていたと思えないくらいに晴れやかな顔をしており、その笑顔につられて怜旺もふっと笑みが浮かんだ。
「ちなみに、俺とお揃いな」
「おそろい?」
「そ、俺とおそろい」
手首にはまったブレスレットを男の子に見えるように揺らす。男の子は目をキラキラとさせてお揃いと何度も呟いては嬉しそうに顔を綻ばせた。
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