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思い出 12

そう言えば、そろそろ戻らないと、彼の両親が心配しているのではないだろうか? 何時から此処にいるのかわからないが、もしかしたらいないことに気付いて捜索願が出されているかもしれない。ふと、そんな事が頭を過り、怜旺は目線を合わせると少年に訊ねてみた。 「つか……お前、家は近くなのか? 場所わかるか?」 「うん。あっち」 「あっち、じゃわかんねぇっつーの。つか、一人じゃ危ないから送って行ってやるよ」 早く一人きりになりたかったが、流石にこの時間帯に小さい子供を一人置いて行くと言うわけにもいかず、住所はわかっているようだったので怜旺は彼を家に送り届ける事にした。 「えっ、でも……」 「いいから。ほら」 怜旺は戸惑う少年を愛車の前まで連れて行くと自分が被っていたヘルメットを被せ、両脇を抱えて後ろに乗せてやった。猫は落ちないように服の中に入れておくように言い聞かせ、しっかりと自分に掴まるようにと告げると、腰のあたりに子供がしっかりと抱き着いたのを確認してからバイクのエンジンをかけた。 偶然なのか、必然だったのか。少年が住んでいる場所は、怜旺の自宅のある団地から目と鼻の先にある閑静な住宅街の一角だった。 こんな身なりの自分が、夜更けに幼い子供と一緒に歩いていると知れたら疑いの目を向けられてしまうかもしれない。それは嫌だったので、彼の自宅からほど近い場所にバイクを止めた。 幸い、まだ大騒ぎにはなっていなさそうだったので、今の内と言わんばかりに少年と向き合った。 「おら、着いたぞ」 「カッコイイ……」 脇を抱えてバイクから降ろしてやると、よほど嬉しかったのか目をキラキラさせながら怜旺のバイクを見つめている。 「……ハハッ。そっか、カッコいいよな。俺も……コイツが好きなんだ」 言いながら少ししんみりしてしまった自分に気付いて、軽く頭を左右に振った。子供の前で、変な所は見せられない。 「お兄ちゃん?」 「いや。何でもない。……ほら、お前が身体はって守ってやったにゃんこ。男なら、父ちゃん達説得して大事に育ててやれよ」 アパートとかなら飼えないと言う選択肢があるが、彼が住んでいるのは一軒家だ。しかもそれなりに大きな家なので、きっと少年の両親が何とかしてくれるに違いない。 「うん! ありがとうお兄ちゃん!」 元気よく返事をする子供の頭を撫で、背中を押してやると名残惜しいのか何度もこちらを振り返りながら自宅がある方へと走り出した。 彼の右手に付いているブレスレットがキラキラと月明かりに反射して輝いている。その後ろ姿に、複雑な思いが頭を擡げたがこれでよかったのだと無理やり自分に言い聞かせて目を伏せた。 自宅の前まで辿り着いたらしい少年がこちらを振り向き、バイバイとにこやかに手を振る少年のすぐ後ろから、「圭ちゃん! 何処に行ってたの!?」と、少年が居なくなったことに今更気付いた母親らしい人物の声が聞こえて来たので、面倒ごとは御免だとばかりにバイクに跨り怜旺は急いでその場を離れた。 恐らく、もう二度と出会うことは無いだろう。すぐ近くに住んでいるようだが、接点なんて無いに等しい。 チラリと見えた彼の母親は随分と優しそうな印象を受けた。穏やかそうで何不自由ない家庭環境であることが窺えたし、何より少年の事を心底心配していたのだと伝わってきた。 「……母さん……」 ポツリと唇から紡がれた名前は怜旺の頬に雫を伝わせた。 「……逢いたい……」 そんな呟きと同時に溢れた涙を隠すようにヘルメットを被ると、風を切るようにバイクを走らせ夜の闇へと消えて行った。

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