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自覚と覚悟 5
「ふふ……」
「……何が可笑しいんですか」
急に笑い出した増田に怜旺は剣吞な視線を投げ付ける。すると増田はコホンと咳ばらいを一つして誤魔化すようにコーヒーに口を付け、怜旺に改めて向き直った。
「いや、すみません……。獅子谷先生がやっと自分の事話してくれたなぁって思ったらそれが嬉しくて」
「……チッ」
こんな事誰にも話すつもりでは無かった。それなのに、何故だろうか? この人の前では正直に胸の内を話しても良いような……そんな気分にさせられた。
今まで誰にもそんな感情を抱いた事なかったのに。
もしかしたら、この胸の内に抱えたもやもやしたものを誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
怜旺は居心地悪そうに舌打ちをしてそっぽを向くと、誤魔化すようにコーヒーをグイッと一気に飲み干した。
「そう、ですね……。二股掛けられた経験は俺にもありますよ。でもまぁ、それがあったから俺は和樹と一緒に居られるので」
「惚気ですか」
「ち、違いますって! そうじゃなくって! 普通なんとも思ってない相手の事って、気にならなくないです? 相手の言動や行動に一喜一憂出来るって、結構凄いことだと思いませんか?」
「……そう、ですね……」
怜旺は増田の言葉を反復する。確かにそうだ。過去の事とは言え、一度大きく傷ついた心はそう簡単には癒せない。けれど、相手の何気ない言動に一喜一憂してしまうのは、それだけ相手の事を意識して見ているからだ。
そう気付いた時、怜旺は胸の中にすとんと何かが落ちる様な感覚を覚えた。
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