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ドキドキ文化祭 8
もぐもぐと咀嚼しながら行き交う生徒達をぼんやり眺めていると不意に頭上に影が差した。
顔を上げると不満げな表情の圭斗と目が合う。
「たく、置いてくなっつーの」
「ダチと話してんのに、邪魔しちゃ悪いだろうが」
「別に、邪魔じゃねぇし……。つか、口の端クリーム付いてんぞ」
あ、と思う間もなく流れるような動きで顎を持ち上げられ、少しカサついた指が唇の端に触れたかと思うと何食わぬ顔で圭斗は指先のクリームを拭い取り、その指をペロリと舐めた。
一連の流れるような動作に思わず固まっていると、にぃーっと悪戯を思いついた子供みたいな笑みを浮かべて圭斗は身を屈めた。
同時にふわりと掠める爽やかで甘いシトラスの香り。
ゆっくりと近づいてくる端整な顔立ちと、長いまつ毛がやけに妖艶に見えて思わず見惚れてしまいそうになる。
唇が今にも触れてしまいそうな距離に息が詰まる。触れそうで触れないギリギリの所で止まった圭斗は、酷く妖艶な微笑みを浮かべて耳元に唇を寄せて来た。
「……それ、俺にもくれよ」
「え?」
言葉の意味を理解するより先に、手首を掴まれ残っていた食べかけのクレープが圭斗の口の中へ吸い込まれて行く。一瞬だけ指先に圭斗の唇が触れて心臓が跳ねた。
「んめ……結構イケんな」
口の端についたクリームを指で拭いながら、圭斗は悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。
「……っ」
カァッと顔が熱くなるのを感じながら慌てて身体を引き離すと、ニヤニヤとした笑みが返ってきた。
「ッ、椎堂お前なぁ……っ」
「ははっ、なに動揺してんだよウケる。今ちょっとキスされるかも? って期待しただろ」
「し、してねぇ!」
不意打ちは本当に心臓に悪い。と言うか、いつも突然なんだよコイツは……! 誰のせいだとっ! 叫びたい気持ちを堪えて、必死に平静を装う。
そんな怜旺の様子がよほど可笑しいのか、圭斗は意地悪い笑みを浮かべて更に距離を縮めてくる。
「……そんな可愛い顔すんなって。襲いたくなるだろ?」
「な……っ」
なにを馬鹿な事を。唇が触れてしまいそうなほど近くで囁かれ、圭斗が自分を見つめる視線に顔が熱くなるのを感じて、調子に乗るなと言わんばかりに腹に一発軽くパンチを入れて離れる。
「く、てめっ……いきなり……っ」
「うるさい。調子に乗んな馬鹿」
「ったく、ちょっとからかっただけだろ? 殴る事ねぇじゃん」
殴られた腹を摩りながら悪態を吐く圭斗は、それでもどこか楽しそうだった。
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