236 / 342
初デート 11
「何考えてんだよ。スケベ」
「はぁ!? 万年発情期のお前にだけは言われたくない!」
「万年発情期ねぇ……。ま、否定はしねぇけど」
圭斗は意味深な口調でそう言いながら、首筋に唇を落として来た。反射的に体がビクリと跳ねて、持っていたドライヤーが手から滑り落ちそうになり慌ててコードを掴んだ。
「っ、おい! いい加減に……っ」
「しー……。誰か来る……」
耳元で囁かれたかと思うと、外から数人の足音が聞こえて来た。こんな状況で誰かが室内に入って来ては困る。
咄嗟に圭斗を肘で押して距離が出来るのと、乾燥室の扉が開いたのはほぼ同時。
「失礼します。こちらの乾燥室をご利用ください」
怜旺達を案内してくれた係員が連れて来たのは、20代かと思しきカップル。
水族館に似つかわしくない派手な美女と、スラリと背の高いワイルド系のいかにも昔ヤンチャしていましたと言った風貌の男だった。
「も~、最悪メイク落ちちゃう」
「悪かったって。まさかピンポイントでぶっかけて来るなんて思わないだろ」
何となく聞き覚えのある声に怜旺が息を呑み、チラリと横目で男を見遣った。
左耳に光る8つのピアスを目にした時、ざわっと首の後ろが逆立つような嫌な感覚に襲われた。
幸いこちらには気付いていないようだが、濡れた服を乾かす際にちらりと見えた左腕の昇り龍のタトゥに、胃から苦いモノが込み上げてくる。
あの龍を怜旺が見間違えるはずが無い。
何故、大我がこんな所に――?
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
ドライヤーを持つ手が小刻みに震え、思わずそれを落としかけた時、圭斗が心配そうに声を掛けて来た。その声にハッとして顔を上げ、震える手でドライヤーを目の前のラックに戻し立ち上がった。
「……ッ」
大丈夫なわけがない。心臓がバクバクと嫌な音を立てている。早くこの場から立ち去りたい一心で半渇きの服を貰った袋にギュウギュウに押し込むと、怜旺は圭斗の手を掴んでその場を急いで立ち去ろうとした。
「おい、急にどうしたんだよ」
「別に……何でもない」
何でもないはずがないのはわかっているが、此処で事情を話すわけにもいかない。話せば長くなるし、余計な心配を掛けたくないから。
「あれ? もしかして、怜旺か?」
扉に手を掛けた時、背後で呑気な声がしてびくりと肩が大きく震えた。
「あ? 誰だよアンタ」
その声に反応し、あからさまに不機嫌な顔で振り向いたのは圭斗だった。
「あ、や。すみません……。人違いでした。髪色と髪型がよく似ていたので」
「ねぇ、だあれ? 怜旺って」
耳につく喋り方をする女が、綺麗にネイルアートを施した手で大我の腕に縋りつき猫撫で声を上げてこちらに視線を投げかけて来る。
「昔の知り合いだよ」
「……行くぞ」
これ以上この場には居られなくて、強引に圭斗の腕を掴むと足早にその場を立ち去った。
ともだちにシェアしよう!