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疑惑 4

「わ、わかりました……っ」 「ならいい」 パッと手を離してやると、鷲野は大袈裟なくらい安堵の息を吐いた。そして、襟元を直すとそういえば、と話題を変える。 「つい先日の事なんですが、街中でいかにもって風貌の黒服の男を見掛けたんっすよ。万が一生徒達に何かあったら危ないんで、夜間の外出は控えるように指導を強化した方がいいんじゃないかってマッスーが」 「っ、解りました」 物騒な話だ。一瞬、昨夜の黒づくめの男たちを思い出す。小春は犯人を知らないし、黒服の男と面識はないと言っていたけれど、誰かを庇って嘘を吐いているという可能性はないだろうか? それか、何か別の思惑が潜んでいるとか……。 「獅子谷先生? どうかしたんっすか?」 「いや、何も」 とりあえず、何か事情を知っていそうな亮雅にも一度話をしてみないと何も始まらない。 そう言えばさっき亮雅はまだ教室に来ていなかった。遅刻常習犯の圭斗が席に座っていないのはまぁ不思議でもないが、なんだかんだ言いつつ教室に必ずいる亮雅が遅刻してくるのは珍しい。 と言うか、彼の家を出る前に圭斗にはあれほど時間にはちゃんと来いと言ってあったのに、自分より遅いとは一体どういう了見だ。後で説教してやる。 「……あんまり怖い顔してると綺麗な顔が台無しですよ? 」 「……鷲野先生」 「はい?」 「アンタ、一言余計だって言われないか?」 「あ、ハハッ、冗談ですってば。やだなぁ、怖いな。あ、そ、そうだ! じゃあ、俺は授業の準備があるので失礼しまーす!!」 再び苛立つ怜旺を見て、鷲野は慌てた様子で走り去って行った。 全く、あの人と話すとなんだか疲れる。 ちょっと気持ちを落ち着けようと深呼吸して、溜息を一つ。 相方の増田は一緒に居て疲れないのだろうか? まぁ、彼は彼なりに自分にはわからない良さがあるのだろうし、なんだかんだで面倒見はいい方だと思う。 生徒達にも慕われているし、職員室内でもムードメーカー的な存在でもある。 へらへらしているようで、実際は人や物事をよく観察しており、いつも周囲に気を配っている。 そこが好感を持てる点でもあるし、鷲野も悪い奴ではないのだろうが、あの距離感はどうにも苦手だ。 等と考えながら歩いているうちに、気が付けば教室付近まで戻って来ていた。 何時もは騒がしい教室が妙に静かだ。あぁ、そう言えば一限目は確か化学室での実験だと居言っていたような気がする。誰も居ないのなら好都合だとばかりに教室の扉の前に立つ。 扉に手を掛けたその瞬間――。何かが動く気配がして咄嗟に息を潜めた

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