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空回り 3
怜旺はふぅっと深く息を吐くと、席を立って椅子の背もたれにかけてあった黒いジャケットを羽織い廊下へ出た。時折吹き込む風が少しひんやりとしていて、季節の移り変わりを感じる。
時刻は夕方の5時を過ぎ、淡い黄昏が差し込む廊下に人影はない。
「……はぁ」
また溜息を吐き出し、下唇を噛んだ。
明らかに気が滅入っているのは分かっている。だが、怜旺がどれだけ気を揉んだところで事態は変わらないし、考えなければいけない事は他にも沢山ある。
いっそ家まで会いに行ってみようか? もしかしたら体調でも崩しているのかもしれないし。
「せーんせ」
「ッ!?」
不意に、背中をツツ……となぞられ、怜旺はビクッと肩を大きく揺らした。咄嗟に間合いを取り身構えると、目の前に驚いた表情で固まる小春と、面白いものを見たと言わんばかりの麗華が並んで立っていた。
「もー、睨まないでよセンセ。そんな怖い顔してるとモテないよー?」
「……」
一体いつの間に背後を取ったのか、いくら考え事をしていたとはいえ気配すら感じなかったのが恐ろしい。
「センセ。最近元気ないね。皆心配してるよ?」
全く怯む様子の無い麗華が、怜旺の顔を覗き込んで来る。その隣で、小春も心配そうに眉尻を下げて怜旺の顔色を窺っていた。
「別に……普通だろ」
「全然普通じゃないって!」
「先生、なんだか泣きそうな顔してますよ?」
「……っ!」
大きな瞳を見開いて首を傾げる小春に、怜旺は何だかいたたまれない気持ちになりそっと視線を逸らした。
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