293 / 342

絶望 5

着替えを取りに行く気力もなく、フラフラとした足取りで指定された場所へと向かう。大抵は安いビジネスホテルかシティホテルだ。だが、今回は――。 部屋番号も何も書かれていないと思ったら、大きな広場の一角に停められたワンボックスの黒い車が視界に入った。 「……悪趣味」 よりにもよってホテルですらないなんて。馬鹿にしているのだろうか。 小さく舌打ちを零し、いっそ気付かなかった振りをして帰ってしまおうかと踵を返そうとしたその時。いきなり背後から近づいてきた男に羽交い絞めにされ、口元に布を宛がわれた。 「う、ぐ……ッ!」 ワンボックスの後部スライドドアを開けた中に、いかにもと言った風貌の若い男が見える。ニヤニヤする彼を見て、しまった。と思った時には既に遅かった。 腕を掴んで乱暴に中に引きずり込まれ、口を塞がれたままその場に突き倒された。 「オイ、そっち足持って」 「コイツで間違いないんだな?」 暴れる怜旺を数人がかりで押さえつけて、何本もの腕が遠慮なく服の下に潜りこんで来る。 「ドア閉めろ。早くっ」 カーテンを下げて外の景色を遮断したスライドドアが機械音を立てて閉まり、室内は完全に閉ざされた空間となった。 「んっ! んんー!!!」 恰幅のいい男が背後から怜旺を抱えるようにして怜旺の両手首を掴んで背中へと捻りあげる。 口の端にピアスを付けた男が怜旺の足を開かせて、閉じられないように間に身体を割り入れた。四肢を固定され、自由を奪われた怜旺は、それでも抵抗しようと身体を捩るがそれは余計に男たちの加虐心を煽るだけだった。ワンボックスをフルフラットにしているとはいえ大人が複数人乗っているので車内はかなり狭い。 密着した肌が気持ち悪くて、怜旺はなんとか逃げ出そうと藻掻いた。 「おいおい、あんま暴れんなよ。綺麗な顔に傷が付いちまうぞ」 目の前にいる男が、ポケットから取り出したナイフを怜旺の眼前へと突きつけながらおどけたようにそう言うと、周囲の男たちはクツクツと忍び笑いを漏らした。 一体なんで自分がこんな目に遭わなければいけないのだ。怒りと憎悪が入り混じった目で目の前の男を睨めつけるが、相手はナイフを弄びながらニヤニヤと口元を歪めるだけだった。 「気を付けなよ。その人の蹴り、かなり強烈だから」 「!」 聞き覚えのある声にハッとして視線を向けた先に、怜旺が通う学校の制服が見える。 野暮ったい前髪を全て後ろに流し、無造作ヘアにセットした黒い髪。緩く着崩されたブレザーから覗く日に焼けにくいと言っていた白い肌。 人当たりの良さそうな穏やかな笑みを浮かべているのに、彼を包む空気はどこか殺伐としていて怜旺は思わず目を見張った。  学校での印象とはずいぶんと違うようだが、間違いない。 コイツは――。

ともだちにシェアしよう!