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キミの国の言葉で『愛してる』
その日はデザイン事務所での仕事は有給を取った。
だから『空港まで送るよ』と言ったが、『バス停までで大丈夫です』と断られた。
「ここは僕が航平さんを見つけた想い出の街ですから」
土日に俺が出店している駅前のバスロータリー。ここから空港行きのリムジンバスが出ている。
いつもこの駅前、たくさんの人が行き交う中で、ソファンは俺の隣に寄り添うようにいて、俺のお気に入りのコーヒーを買ってきてくれて、時に知らない男に触れられたのがこわかったと涙を流し、最後は勇気を出して俺に想いを伝えてくれた。
そうして俺から伝える想いは。
「ソファン、これ」
俺は白い封筒を差し出す。
「手紙?今見てもいいですか?」
「あーダメダメ。恥ずかしいから、バスに乗るか飛行機乗るかしてから読んで」
「ふふっ。そんなこと言われたら楽しみになっちゃいます。じゃあ飛行機の中で読みますね」
ソファンが大事そうに封筒をリュックにしまったところで、バスが到着する。
運転士が事務的に乗客のスーツケースなどを積み込んでいく。手馴れたものでそのペースは速い。
いよいよ行ってしまう前にと、そっとハグした。これくらいなら人前でも許されるだろう。
この国はまだ同性間の恋仲にさほど寛容ではない。ソファンはそれにもっと期待して、日本を目指したのかもしれないが。
「兵役、頑張ってな。身体は大事にして」
「はい。航平さんもお元気で……お幸せに」
『お幸せに』にはどんな意味が込められていたんだろう。新しい恋愛を見つけて、ということなのか。
身体を離すと、ソファンは凛々しい表情で敬礼をしてみせた。
「行ってきます」
釣られて俺も、したこともない、おそらくこの先もすることもないそのポーズを取ってみる。
「行ってらっしゃい」
運転士に急かされソファンはバスに乗り込み、定刻通りに発車したバスで呆気なく俺の元から去っていった。
俺は知らない。
ソファンが飛行機の座席で泣き崩れ、CAさんに心配されるほどだったことを。
封筒の中には、ソファンが初めて俺に声をかけてくれた日、俺が描いていたブルー系の抽象画をポストカードにした物。
無地の側には、正直な想いを短く綴った。
どうか元気で
俺のところに帰ってきてください
널 사랑해
『널 사랑해』は『キミを愛しています』という意味で、翻訳サイトを使い調べた彼の国の言葉を見よう見まねで書いた。
ソファンが疲れ眠ってしまっていた早朝のことだ。
念の為、スマホの番号とLINEのIDを書いておいた。もしソファンがこれからも俺を好きでいてくれて、また逢いたいと思ってくれているなら必要だろうと。
でも兵役の間は連絡はないだろう。
二年間。俺の心が死んでしまわないだろうか。
しかし、意外なことに俺とソファンの繋がりは続いていた。
LINEに可愛らしいスタンプ、そして日本語でのメッセージが届く。ソファンからだ。
『元気ですか?僕は同じ隊に気の合う仲間ができて、訓練は大変だけど楽しく過ごせています』
週末と祝日は一時間ではあるが、スマホを使えるのだと言う。
『本当は通話したいんですけど、上官がかなりの日本嫌いみたいで……。日本語で通話してるの見られたらこわいから』
じゃあ俺が一念発起して韓国語を勉強する……にしてもスラスラと話せるようになるより先に、ソファンの兵役が終わるだろう。
『文字で話せるだけで充分です』
そう語ったソファンとは、週末ごとにメッセージを送り合った。
それでもどちらの側からも『好きだ』とも『逢いたい』とも伝えなかった。
俺は言いたかったけれど、ソファンからの気持ちが薄まってきている気がしてこわかった。
ソファンの恋愛対象は男だ。
そして今、男だらけの環境で厳しい団体生活を送っている。
彼にとっては同じ国の生まれ、母国語も通じるたくさんの男たち。知らない誰かに心変わりされてもおかしくないと思っていた。
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