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第5話 バトルなんて無理※
――そうだよ、こいつを油断させて隙を作ればいいんだ……!
でも、どうやって? ……ふたたび難題だ。
思いつくのは色仕掛けだが、あいにく前世も今世も色ごととは全く縁のなかったトアには、それはあまりにハードルが高い。
混乱する頭で必死に妙案を絞り出そうとしながら、狙いを定めるように剣を睨みつけていると、荒っぽい仕草で顎を掴まれ、強引に顔の向きを変えられてしまった。再び国宝級の顔面が目の前に迫り、トアは「ひぃ!」と声を漏らした。
恐ろしいが、艶然とした笑みを浮かべて舌なめずりをしているヴァルフィリスは、筆舌に尽くし難いほどに美しいのだ。
ついうっかり見惚れてしまっているうち、下唇を押しつぶされるように撫でられて、トアははたと我に返った。
「うぁっ……」
「ふん、身動ぎもできないほどに恐ろしいか。哀れだな」
「はぁ……? 違うし!! あんたの顔が良すぎて、うっかり見惚れてただけで……!」
『哀れ』と言われたことにカチンときたトアの口から勢いよく飛び出した台詞に、ヴァルフィリスが虚を衝かれたような顔をしている。……暖炉の部屋に妙な沈黙が落ちた。
しかも、ヴァルフィリスが「顔が良すぎてうっかり見惚れた……?」と、トアの言葉を復唱するものだから、さらに小っ恥ずかしくなってしまった。
だが、油断が生まれたのは確かだ。
トアはヴァルフィリスを勢いよく突き飛ばし、剣のあるところへ手を伸ばそうとした。
と、機敏に動いて短剣を取り戻す自分を想像できてはいたものの、イメージ通りに身体は動いてくれなかったらしい。あっさり手首を囚われ、今度は頭上で両手をひとまとめに縫い付けられてしまった。……さっき以上に身動きが取れない。
「っ……くそっ……!」
「なるほど、うぶなふりをして俺の油断を誘うつもりだったのか。面白い」
「う、うう……」
せっかく生まれた隙を活かすことができなかった無念さのあまり、トアは涙目だ。
その表情を見て満足げな笑みを浮かべるヴァルフィリスの視線が、ふと、露わになっていた粗末な白いワンピースのような服のほうへと移ってゆく。
そして、にぃ……と唇に妖艶な笑みを浮かべ、トアの鎖骨から鳩尾のあたりを指先で淡く辿った。
妙にいやらしく、艶っぽい仕草で触れられて、ゾクゾクゾク……っと身体の奥底から震えが湧き起こる。初めて経験する感覚に、声が震えた。
「ふぇっ……!? な、なにする……っ」
「ずいぶんいやらしい格好をしているな。俺を誘惑して、その隙に殺すつもりだったのか?」
「いやらしい……って、あっ」
明るいところで見るまで気づかなかった。トアが身につけている白いワンピースの生地はあまりにも薄く、うっすらと白い肌が透けて見えている。
粗末さゆえにそういう仕様になっているだけなのかもしれないが、痩せた肉体が透けているそのワンピースは、確かにやたらと卑猥に見えた。
しかも、寒さのせいか、さっきわずかに触れられたせいか、胸の尖りがツンと立ち上がってしまっているのが丸わかりだ。恥ずかしさのあまり顔が火を噴く。
「それに、こんなに活きのいい『生贄』とやらは初めてだよ。楽しめそうだ」
「あ、ぅあ……っ」
ヴァルフィリスの白い指先が、ワンピースの布地の上を優雅に滑る。さら……と、尖った乳首の上を淡く擦られた拍子にびくん! と身体が小さく跳ね、思わず「ぁっ……!」と声があふれた。
するとヴァルフィリスはさらに笑みを深くして、唇から赤い舌をチラリと覗かせた。
その拍子に見えてしまった。
唇の隙間から垣間見えた白い犬歯は、常人のものとは比べ物にならないほどに鋭く尖っている。
あの牙で肌を突き破られてしまうのかと想像するとゾッとして、全身が戦慄(わなな)いた。
深く牙の食い込んだトアの肉から溢れ出した鮮血を、ヴァルフィリスは嬉々として啜り、飲み干してゆくのだろう。その様をありありと想像できてしまい、さらなる恐怖がトアの全身をざわざわと粟立たせる。
「さ、さわるな……! 離せ、離せよ……!」
両手首を囚われたまま身を捩り、トアはなんとかしてその戒めから逃れようとした。だが、さほど力を入れているようにも見えないのに、ヴァルフィリスの手はびくともしない。
唇に物静かな微笑みを湛えながら暴れるトアを見下ろしつつ、ヴァルフィリスは自らの唇を小さく舐めて……。
強い力で顎を捕らわれた次の瞬間、唇に柔らかなものが重なった。
「んっ……!? っ……んぅ」
――え!? キ、キスされてる……!?
そんなことをされるとは想像だにしていなかった。仰天するあまり、トアの全身はかちかちに硬直してしまう。
抵抗を忘れたままおとなしくなったトアの唇を、ヴァルフィリスは柔らかく啄み、角度を変えつつリップ音をたてながら軽く吸う。
それは思いがけず、優しい口付けだった。
これから始まる行為はきっと、荒々しく嗜虐的なものに違いない――そう身構えていたのに、思いの外紳士的な仕草に戸惑わされて、不意打ちの心地よさに唇が緩んでしまう。
そうするうち、するりと口内に柔らかなものが忍んでくる。それはまぎれもなく、ヴァルフィリスの舌だ。
寒さに凍え、恐怖に縮こまっていた口内を溶かしてゆくように、熱を孕んだ柔らかな舌がトアの粘膜を愛撫する。トアは思わず、吐息をこぼした。
「ぁ、ふっ……ぅ……」
生まれて初めてのキス。前世でもついぞ経験することのなかった他人とのセクシャルな触れ合いだ。
何をどうしていいのかもわからなくて、トアはヴァルフィリスのキスに身を委ねることしかできないでいた。
ついさっきまで、いつあの牙に咬まれるか、いつ陵辱が始まるのかとビクビクしていたというのに、いつの間にかヴァルフィリスの唇の柔らかさに絆されている。
「ん、ぅ……ンっ……」
――あったかい、やわらかい……。キスって、こんなに気持ちいいんだ……
ぐしゃぐちゃに混乱している思考とは裏腹に、いつしかトアは夢中になってキスの続きを求めていた。
だが、不意にヴァルフィリスの唇が離れ、ひんやりとした空気が唾液に濡れたトアの唇を微かに冷やす。
とろんと重い瞼を持ち上げてヴァルフィリスを見上げると、白銀色のまつ毛に縁取られた赫い瞳が、すぐそこできらめいていた。
「……どうした、抵抗しないのか?」
「へ……?」
「なるほどな、お前はそういう仕込みなのか? 俺を籠絡するために、他にはどんなことを教わってきたんだ?」
「ち、違っ……!」
吐息が触れるほどの距離で囁く声は低く、腰に響くような甘い声音だ。
つう……と鳩尾から下へ下へと淡く撫で降ろされてゆくと、とろりと濡れた感触とともに、腰が震えるほどの快感で腰が小さく跳ね上がる。
「う、ぁっ……!!」
トアの屹立は隆々と立ち上がり、白いワンピースの布地を押し上げていた。
しかもその先端はくっきりと染みを作り出すまでに濡れている。トロリと濡れた先端をヴァルフィリスの指で撫で回されるたび、抗えない快楽で腰が自ずと揺れてしまう。
「っ……ぁ、やぁっ……! やだ、やめろ、やめろ……ってば……ぁ」
「まるでやめてほしそうじゃない声だ。……こうやって媚びて隙を作れと、町の男たちに教え込まれてきたんだろ?」
「ん、っん……ちがっ……ぁっ」
反論しようとするものの、不意打ちのように胸の尖りにキスが降ってきて、トアは思わず「ひゃぁ……!」と声を上げた。
とろりと濡れた布越しにトアの胸を食み、尖らせた舌先で捏ねるように押し潰す。乳首をいじられるたび、股ぐらのほうへさらなる熱が集まってゆく感覚がむずがゆく、トアは腰を捩って身悶えた。
「ん、っ……や……やめろ……っ、ん、っぁ」
「やめていいのか? ……こんなに好(よ)さそうなのに」
「ぁっ……ぁん、っ……やぁっ」
布地ごしにトアの敏感なところを弄んでいるヴァルフィリスに抵抗の意を示そうとしているのに、触れられるたびにびくびくと震える唇から溢れる声は、耳を疑うほどに甘いものだった。
――どうしよう……気持ちよすぎて抵抗できない……
触れられた場所が熱い。ヴァルフィリスの吐息も、さっきよりずっと熱を帯びているような気がするのは気のせいだろうか。
再び唇をキスで塞がれ、トアは喘ぐように吐息をこぼした。
濃厚なキスに溺れるうち、ワンピースの裾が大きく捲り上げられていることにようやく気づく。
あられもなく反り返り、はしたなく先走りを滴らせている屹立を、大きな手で包み込まれた。
「あ! ……ひ、ぁ……っ」
濡れそぼった性器をゆっくりと扱かれながら、舌先でいやらしく口内を舐られて、トアは「ふァ……ぁ」と声を上げながら腰をよじった。
ふと唇を離したヴァルフィリスが、鼻先が触れ合うほどの距離でトアをじっと見つめている。
もうおしまいなのだろうか、もっともっとキスして欲しい……込み上げてくる願望のまま唇を開いて見上げるトアに向かって、ヴァルフィリスはうっそりと妖艶に微笑んだ。
「……悪くない味だな、お前」
「へ……? な、なにが……」
「そのまま口を開いていろ。……そう、そのまま」
「ん、は……」
言われるがまま、雛鳥のように口を開けてキスを待ち詫びていると、ふたたび望むものを与えてもらえた。しっとりと濡れた弾力のある唇がトアのそれを覆い、吐息を深く吸い込まれる。
すると、くらりと脳が揺れるような感覚とともに、全身を浮遊感が包み込む。
――っ……な、なんだ……!?
だが、不可思議な感覚を上塗りするほどの快楽が、再びトアの理性を打ち壊していく。
口内のやわらかなところを愛撫される心地よさのあまり、トアは舌を伸ばしてディープキスをせがんだし、一定のリズムでゆるやかにペニスを扱かれるたび、自ら腰を揺らして貪欲に愛撫を求めた。
――ぁ、あ、イきそ……。どうしよう、いく……イクっ……!
「はぁ、ん、んんっ――……っ……!」
自慰とは比べ物にならないほどの快楽に踊らされ、トアはビクビクと身体を震わせながら吐精した。
誰かのぬくもりに包まれながらの、心地良い絶頂感。
甘く痺れるような余韻に揺蕩いながら、トアは意識を手放した。
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