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第12話 覚えたての快楽※

 がっかりしたのも束の間、改めて危機感を新たにしたトアの腕を、ヴァルフィリスはそのまま掴みあげ、背後の本棚に押しつける。ダン! と骨に響くような音と痛みに、トアは思わず顔を顰めた。 「い……っ! 何する……っ」  振り仰いだ視線の先に、ヴァルフィリスの赤くゆらめく瞳がある。だが、その赤はいつになく暗く翳りを帯びていて、覇気がないように見えた。  ありありと不調が見えるヴァルフィリスを前にして、トアはハッとした。  この顔色の悪さ、気だるげな様子――ヴァルフィリスは飢えているのかもしれない。  出かけていた様子だし、どこぞで美女の血を吸っているものと思っていたけれど、今回はそれがうまくいかなかったのか。それとも、ちょっと元気になったトアを見て、吸血欲求がむくむくと湧き上がってきた……?  ――……ひょ、ひょっとして、今から吸血されちゃう……!?   そう思い当たるやいなや、ぼっと全身が熱く火照った。  もちろん怖い。痛いのは好きじゃないし、あの鋭い牙で肌を突き破られてしまうのかと想像すると、身体の中心がひゅんとなる。  だけど、どうしてか胸が高鳴る。  どこか気怠げで、残虐非道な攻めに相応しい目つきをしたヴァルフィリスは、こんなときだがやはり美しい。表情が窺えないぶん、いっそ神々しささえ感じてしまう。  その美しさに魅入られていると、ふと、とある感情が恐怖の陰から顔を出す。  こんなにも美しい男が、自分ごときの血液や身体を欲している――……そう感じた途端、心臓がひときわ大きく跳ねた。  恐怖と期待がない混ぜになっているせいで呼吸は浅く、胸がさかんに上下する。頬はさっきよりもいっそう熱く、ヴァルフィリスを見上げる瞳の奥まで熱がこもってゆくようで……。  突然息を乱し始めたトアを見下ろしていたヴァルフィリスが、胡乱げに目を細めた。その拍子に、常人よりも縦長の瞳孔が、すっと細く、鋭くなる。 「……ほら、また。すぐそんな目をする」 「そ、そんなって……?」 「あの時もそうだ。毒の剣を隠し持っていたくせに、ろくに抵抗もしないでされるがまま。……本当に、お前はここへ何しにきたんだ」 「なにって……ァ、っ……」  掬い上げられるように唇をキスで塞がれ、そのまま無遠慮に挿入された舌の感触に、ゾクゾクと背筋が震える。  柔らかく濡れ、巧みな動きでトアの口内を愛撫するヴァルフィリスの口づけにあの日の快感を思い出したトアの身体は、意思に反してすでに応えはじめていた。 「ぁ、ァ……っ、ん……」  自ら舌を差し出して、ヴァルフィリスのそれと絡ませ合う。すると、さらにキスが深くなり、ヴァルフィリスの吐息もまた、じわりと熱く濡れてゆくように感じた。  ちゅく、ちゅぅ……っと淫らな水音が耳に届くたび、トアの身体はますます昂った。敏感な上顎や頬の裏の粘膜を舐め上げられると、くすぐったさと快感がないまぜになり、腹の奥がじくじくともどかしくなってくる。  ちょっとキスをされただけだというのに、性器が硬さを持ち始めているのが自分でもわかるほどだ。  そこへぐいとトアの膝を割って、ヴァルフィリスの太ももが押し込まれてくるものだから、腰が砕けそうになってしまった。 「ぁ、ぅあっ……!」  咄嗟にヴァルフィリスに縋ろうとしたもう片方の腕まで本棚に押しつけられて、磔のような格好にさせられる。  そうされたまま、あいもかわらず濃厚なキスをいくらでも与えられ、あろうことか勃ち上がったペニスまで膝でぐいぐいと押しつぶされ……トアは、堪えきれず声を漏らした。 「んぐっ……ハァっ……、は……っ」  そこで一瞬、キスが途切れる。離れてゆく柔らかな唇が恋しくて、トアはだらしなく口を開いたまま、物乞いをするようにヴァルフィリスを見上げた。  よほど憐れな表情を浮かべていたのだろう。ヴァルフィリスの眉間に深い皺が刻まれ、目つきがにわかにきつくなる。 「……お前は、本当に……」 「へ……? ぁっ、ぅ……!」  容赦のない強さで顎を掴まれた。唾液に濡れて淫美に艶めくヴァルフィリスの唇が大きく開かれたかと思うと、再び唇を覆われる。  さっきとは異なるキスの感触に、トアは震えた。  すぅ……と大きく吐息を吸われ、ふわりと身体が浮き上がるような、めまいにも似た感覚がトアの身体を包み込む。内臓を……いや、魂を吸い取られているのではと錯覚させられ、不安を煽られるような。  ――そういえば、ここへ来た日の夜も、この感覚を味わった気がする……  あの時は気が動転していたこともあってすぐに卒倒してしまったが、あの時と似た感覚だ。この目眩のような感覚には覚えがある。  だが不思議なことに、それは決して不快なものではなかった。いつしかその感覚に慣れてくると、次に訪れるのは全身がふわふわと浮き上がるような恍惚感だ。  その上、トアを貪るようにキスをするヴァルフィリスからは、普段の皮肉めいた余裕のようなものが一切感じられない。それが無性に可愛く思えて、不思議なほどに胸がいっぱいになってしまう。 「はぁっ……はぁ……ん」  ようやく解放された唇から、どちらのものともわからない唾液が一筋伝う。仰いたまま陶然となってヴァルフィリスを見上げるものの、目に力が全く入らない。それに、身体にも……。 「ぁっ……」  手首の拘束を解かれた瞬間、がくんと前のめりに倒れ込みかけたトアを、ヴァルフィリスが抱き止める。そしてそのまま横抱きにされ、ベッドにどさりと横たえられた。  いまだ呆然としているうち、ヴァルフィリスに覆いかぶさられ、トクトクと脈打つ白い首筋に唇が押し当てられた。 「んっ……!」  全身が敏感になってしまっているのか、唇の感触だけで軽くイキそうになってしまった。あのキスは、吸血行為に及ぶ前に、相手を麻痺させて動けなくするためのものだったのだろうか。  だとしたら大成功だ。トアは文字通りあのキスで骨抜きにされて、指一本動かすことさえできやしない。きっと、牙で皮膚を突き破られる痛みさえも、今のトアなら快楽と捉えるだろう。  ……だが、ヴァルフィリスがトアに与えたものは痛みではなかった。  前触れもなくズボンをずるりと引き下げられ、ひんやりとした部屋の空気に肌が震えた。  そして、あろうことか、トアの股ぐらにヴァルフィリスが顔を埋めたのだ。 「えっ……!? ァ、まって、なんでっ……」 「いいから、じっとしてろ」 「やっ……待っ、ァ、ぁん……っ!」  キスだけですっかり勃ち上がり、はしたなく蜜をこぼしていたトアの先端を、ヴァルフィリスの唇がくっぽりと飲み込んでゆく。一番敏感なところを唇で、舌で愛撫され、トアは起き上がることもできずに身をくねらせた。 「ぁ、なんでっ……、や……はぁ……っ」  抗わなければと思うのに、身体は快楽に正直だった。気づけばトアは自ら大きく脚を開き、ヴァルフィリスの口淫に合わせて、あさましく腰を揺らしていた。 「ぁ、はぁっ……。も、でる、でちゃうから……っ、やめ……っ」  こんな気持ちいいことがこの世にあるのだろうかと思わされるほどの快楽だった。  涙声になりながら「やめて」と何度も口にしたけれど、そこにはただただ甘えの響きが乗っているだけ。  ヴァルフィリスもそれがわかっているのか、一向に口淫を止める気配はなく、さらに大胆な動きでトアを追い詰めてゆく。  根本を扱かれながら先端を舌で転がされ、鈴口から溢れる体液を蜜のように吸われ――トアはあっけなく果てさせられていた。

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