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第22話 ”食事”の誘い※
しげしげと白い美肌を観察してみるも、毛穴ひとつ見当たらないきめ細やかな肌だ。
トアの生気とやらもヴァルフィリスの糧となり、この美しさに貢献しているのだろうか。もしそうならすごいことだが……。
――ああ。だからこの間、オリオドから僕を奪い去るような仕草を見せたのか……
ふと、トアは夕方のオリオドとのあれこれを思い出した。
ヴァルフィリスの背に庇われたとき、それがどういう感情からくる行動なのかわからなくて戸惑いもしたけれど、トアは少なからず嬉しかった。
だがあの行動の意味は、貴重な栄養補給源をここから奪い去られてしまうと困るから……というものに違いない。
そう思うと、喜びで高揚していた全身から力が抜ける。嬉しいことには変わりないのに、正体のわからない寂しさが心をうっすらと翳らせた。
――BL小説の中に転生したとはいえ、やっぱり、恋をしたってどうせ実らないんだろうな。……って、恋……?
そうか、恋なのかと、トアは心の中でひとりごちた。
もはや手遅れなほどに、トアはヴァルフィリスに心を奪われてしまっている。
だからこそ、ただの栄養源としか思われていないことが、こんなにも悲しいのだ。
あのストーリーのままであれば、ヴァルフィリスは幾度となくトアを犯しているはずなのに、目の前にいる彼はとても優しく紳士的だ。
トアがここにとどまり続けたとしても、ヴァルフィリスはきっと、トアを欲望のままに襲うことなどしないだろう。
はじめこそ、初体験がレイプなんて嫌だと思っていた。襲われなくてよかった、いい関係性が築けて大成功と思うべきところなのだろうけれど、今はヴァルフィリスに抱いてもらえないことがもどかしく、寂しくてたまらない。
――……いや、これでいいんだ。栄養源って意味はあるにせよ、ヴァルは僕を必要としてくれてるんだから。
ずいぶん贅沢なものだなと、トアは自分を戒める。
いっときは、なぜ吸血してもらえないのだろうと思い悩んでいたのだ。だけどヴァルフィリスは、他の人間で食事をとることを控えるほど、トアの味を好んでくれているというのに。
――”糧”として求められている。それでいいじゃないか……
「トア?」
「あっ……」
不意に名前を呼ばれるだけで、性懲りもなく胸が高鳴る。無言になったトアを怪訝そうに見つめているヴァルフィリスの視線に応えるように、ゆっくりと顔を上げた。
すると、べちんとまたデコピンをされ、トアは「ぐふ!」と呻いて額を押さえた。
「うぅぅ、痛いなぁもう!」
「また浮かない顔をしてる。どうかしたのか?」
「どうかしたのかって……デコピンしながら訊くことじゃないだろっ」
「でこぴん?」
額を押さえて涙目になりつつも、機嫌を言い当てられたことにハッとする。自分はそんなに顔に出やすいタイプだったのだろうか。これからは気をつけなくては……とトアは思った。
「別に浮かない顔してるわけじゃない。ヴァルに生気吸われてちょっと眠いだけ」
「そういえば今日は気を失ってないな。体調、戻ってきたのか?」
「おかげさまで! ……あぁ、おでこ痛い。穴でも空いたらどうすんだ」
「悪かったよ」
――あっ……
しおらしく謝りながら、ヴァルフィリスがトアの額を親指で撫でている。少し首を傾げ、気遣わしげな仕草でトアの額を撫でるヴァルフィリスの指の感触に、かぁぁぁと全身の熱が上がっていく。
「? 熱でもあるのか?」
「な、なな、ないよ!! そんなの!」
「何をカリカリしているのかは知らないけど、怒る元気はまだあるようだな」
「はぁ!?」
額を撫でていた指先が、するりと頬へ滑り降りてゆく。淡く触れられるだけで胸が高鳴り、ぞくりと肌が震えてしまう。意図せず濡れたような吐息が溢れた。
「あれでも、さっきは頑張って遠慮したんだ。お前さえ良ければ、もう少し”食事”をさせてほしい」
「へ……」
「嫌か?」
顎を掬い上げられ、頬に柔らかな唇が押し当てられる。軽いリップ音とともに頬に降り注ぐ軽やかなキス。耳たぶを啄まれ、そのたびトアの身体は小さく震えた。
なんのつもりで、こんなに優しいキスをするのか。
どうして、わざわざおとないをたてるようなことを囁くのだろうか。その気になればいくらでもトアから奪っていけるくせに、どうして。
――こんなふうに触られたら、大切にされてるみたいに感じちゃうだろ……
触れられた肌が、蕩けてしまいそうなほど心地いい。
トアはうっとりとヴァルフィリスを見上げて、「……いいよ」と答えた。
ヴァルフィリスは濡れた唇で艶やかに微笑み、トアの唇に触れるだけのキスをした。かき合わせていただけのシャツをそっとほどかれ、肩からするりと滑り落とされる。
首筋から肩口へとキスが降りてゆき、尖った肩先にまで口付けられた。くすぐったいような、ささやかな快感が少しずつトアの身体を熱くしてゆく。
拳で口元を押さえて溢れ出しそうになる喘ぎを堪えていると、ヴァルフィリスの両手で上腕を包み込まれた。
トアの身体が冷えているのか、それともヴァルフィリスの手のひらがあたたかいのか。慈しむような手つきで撫でさすられる心地よさに、ため息が漏れた。
「ふ……っ……ぅ」
「まだ痩せてはいるが、健康的な身体になってきたな」
「お……おかげさまで! でも、もっと肥え太ってるほうが好みなんだろ?」
「そうでもないさ。綺麗な身体だ」
「えっ……」
突然の褒め言葉に驚いてヴァルフィリスを仰ぎ見ると、そのままキスで唇を覆われた。
いつになくゆったりとした、柔らかな口づけだ。全身から力が抜けてしまうほど心地が良い。思わずくらりとふらつく身体を支えられ、そのままベッドに横たえられた。
疑いが消え失せたせいだろうか、心から素直にヴァルフィリスの愛撫を受け止めることができている気がした。
顎や喉、鎖骨にまで柔らかく唇を押し当ててくるヴァルフィリスの愛撫は、肌が溶けてなくなってしまいそうなほどに心地よい。
「ぁ、ぁ……ん……っ!」
つんと尖った胸の先端をとろりと濡れた舌で撫ぜられ、トアの腰がぴくんと跳ねる。するとヴァルフィリスはもう片方の乳首を指先で弄びながら、色香の溢れる低音で「……ここが好(い)いみたいだな」と囁く。
「んっ、ん……すき……すき」
そこを舐めくすぐられるたびに腰が揺れてしまうのが恥ずかしいけれど、堪えることがどうしてもできない。だが、ヴァルフィリスはトアの浅ましさを笑うことはなく、いくらでもトアの求める愛撫を与えてくれた。
そうするうちに膝を割られ、ヴァルフィリスの太ももがトアの股座に押し付けられた。すでに硬く硬く反り返っていた性器を膝で擦り上げられて、トアは「ぁ、あ!」と甘えたような悲鳴をあげる。
舌で捏ねられながらペニスを膝で擦られるたび、びく! びく! と身体が跳ね、意図せず腰が上下に揺れてしまう。
理性がじりじりと焼き切られてゆくのを感じながら、トアは身をくねらせて、せめて溢れ出す高い声を殺そうと、拳を口に押し当てた。
「……ん、も……いっちゃいそ……出ちゃう」
「もう? 前から思っていたが、ずいぶん感じやすいんだな、お前」
「だって、ヴァルにされるの、気持ちよくて……っ、ん、ん」
「……へぇ」
嘆息混じりにそう訴えると、ヴァルフィリスがふとしたように顔を上げる。
目をとろんと潤ませ、呼吸を乱しながら見上げると、ふたたび喰らいつくような深い口付けを与えてもらえた。
その上、さっきからじんじんと疼いて仕方のなかったペニスまでじかに触れられて、トアは夢中になって腰を振り、貪欲に快楽を求めた。徐々にヴァルフィリスの吐息にも熱がこもり始めるのを感じてしまうと、トアの肉体はさらにとろけた。
「んっ……ふぅ……ん、ぁん」
「どういうつもりか知らないが、ずいぶん可愛いことを言うんだな」
「だって、だって……きもちいい、こんなのはじめて、だから……」
「本当に? 村の男たちに仕込まれているんだと思っていたが」
「そんなの、されてない……っ、……ヴァルとしか、してない、っ、んん」
ちゅくちゅくとペニスを愛撫されながら、下唇をかぷりと喰まれる。
もっと荒っぽく追い詰めてほしいのに、ヴァルフィリスの手つきはいつにも増して優しく、丁寧だ。焦れたトアは腕を持ち上げ、ヴァルフィリスのシャツを硬く握りしめた。
達してしまいそうだったけれど、ぎりぎりでいかせてもらえない。トアは涙目になりながらヴァルフィリスを見つめ、もどかしげに腰を揺すった。
「ヴァル……もう、いきたい……」
「まだだめだ。もう少し、”食事”がしたい」
「へ……?」
「もっと俺を満たしてくれ、トア」
妖艶な微笑みとともに、濃厚なキスが降り注ぐ。
”食事”というにはあまりに淫らで、あまりに甘い口づけが、トアの全てを蕩けさせてゆく。
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