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第24話 募る不安
「そ、その……ジャミルって人、なんていってたの……?」
「『トアは大事な幼馴染みだから、なんとしても助け出したい』と言っていたな。周りの若者たちも、彼の勇気を讃えているようすだったが……トア、どうした。顔が真っ青だぞ」
「お、幼馴染み……? 違う、そんなんじゃない。歳もずっと上だし、話をしたのも数回程度で……」
「そうなのか?」
――どうして? なんであの人が、ヴァルフィリスを殺しにくるんだ……!?
さぁ……と血の気が引いていく音がする。
足元から這い上がってくる震えをぐっとこらえて、拳を固く握りしめた。
たいして言葉を交わしたことはなかったけれど、トアが哀れにも『悪魔』に囚われていると思い込んでいるから、善意で救いに来るつもりなのだろうか。
それとも、イグルフに根強く残るあの因習を断ち切ろうと血気盛んな若者たちが団結して、『悪魔』を倒してやろうと盛り上がっているのか?
――どうしよう、あのストーリーの通りに物事が動くとしたら、ヴァルはあいつに殺されてしまう。
どっちにせよ、ここで平穏な暮らしを送っているトアにとっては不必要な正義だ。避けなくてはならない事態である。
だが、どういう方法を取れば回避できるのかがわからない。
――どうすればヴァルを守れる……? 僕は、なにをすれば……
「と……トア? どうしたんだよ」
気遣わしげなアンルの声で、トアはハッと我に返った。よほど怖い顔をしていたのだろう、アンルの耳も尻尾もぺたんと萎れて、大きな瞳はとても不安げだ。
トアは慌てて、取り繕うように微笑んだ。
「なんでもないよ。さ、食べよ食べよ!」
「う、うん……」
何やら静かなので、ちら……とオリオドのほうを盗み見てみる。するとオリオドは、腕組みをしてスープを睨みつけ、難しい顔をしていた。
――オリオドは兵士だけど、ヴァルのために動いてくれるんだろうか……
ひとりでは抱えきれない不安の重さがのしかかり、誰かに頼りたくなってしまう……が、トアは開きかけていた口をつぐんだ。
オリオドだって、実際ここへ何をしにきているのかわからない。
表向き、ヴァルフィリスと手合わせするのが楽しいから、という顔をしているけれど、なにか腹に隠し持った魂胆があるのかもしれない。
不安が疑惑を呼び、誰も信じることができなくなりそうだ。トアはぱくぱくと大急ぎで食事を終え、「ごちそうさま!」と合掌する。
一人になって、静かに考えを整理したい。そうすれば、なにか打開策が見つかるかもしれない。
珍しく早食いを決め込んだトアは、オリオドに「きちんと後片付けを手伝うように!」と言い置いて、早足に自室へと戻ることにした。
+ +
コンコン、とドアがノックされる音に気づくまで、ずいぶん時間がかかってしまった。
慌ててドアを開けてみると、うっすら不機嫌そうな顔のヴァルフィリスが立っていた。トアはいつも返事を待たずに部屋に入ってしまうのだが、ヴァルフィリスは律儀にトアの許可を待っていたらしい。
「そろそろ勝手に入ってやろうかと思ってたところだ」
「あ……ごめん、考え事してて。ど、どうぞ」
「失礼する」
トアが使っている部屋は、ヴァルフィリスの本だらけの部屋に比べたらずいぶんとこじまんりしている。そのため、華やかかつ存在感の強いヴァルフィリスがそこにいるだけで、こじんまりさがより強調されているような気がした。
「もっと広い部屋も空いてるだろ。そっちに移ってもいいのに」
「いや……これくらいのほうが落ち着くんだよ」
「そうか?」
客人をもてなすソファなどは存在しないため、トアはヴァルフィリスをべッドに勧めた。
勧めておいて、赤面する。わざわざヴァルフィリスがここへ来るということは、目的はただ一つだろう。
つまりこれから、この小さなベッドの上で……。
「あ……あの、ひょっとして”食事”?」
「違う。なんで顔を赤らめてるんだ」
すでにちょっとだけ興奮しかけていたトアに向けられる視線が生ぬるい。
ヴァルフィリスを見るとすぐにそういうことを考えてしまう自分が恥ずかしく、トアはさらに顔を真っ赤にしながら「赤らめてないし!」と言って、ヴァルフィリスの隣にどすんと座った。
「じゃあ何の用だよ。こんな夜更けに」
「ずいぶん機嫌が悪いな。元気がないと聞いていたんだが」
「えっ? 誰から?」
「オリオド」
これから出かけるところだったのだが、寝場所を探してうろうろしていたらしいオリオドと廊下ででくわし、トアの様子がおかしいと聞いたのだという。
トアは呆気に取られて、深夜にも関わらずきっちりと衣服を身につけたヴァルフィリスを見つめた。
「そ……それでわざわざ部屋に来てくれたの?」
「いや……まぁ」
「僕はなんともないよ。行くとこがあるなら、出かけても大丈夫だけど……」
とはいえ、今夜は大雪だ。
ヴァルフィリスが身軽なのはよくわかったけれど、こんな夜中に、しかもこの吹き荒ぶ雪の中、どこへ出かけようというのだろうか。
窓の外を見やる目つきで、トアの言わんとしたことが伝わったらしい。ヴァルフィリスは小さく首を振った。
「いいんだ。大した用事じゃない」
「ほんとに? ……あのさ、ヴァルってここにいない時、どこにいってるの?」
「え?」
「あっ、いや。言いたくなければ別にいいよ。前からちょっと気になってただけ」
どこまでヴァルフィリスの内側に踏み込んでいっていいものか。あれから何度か”食事”の相手を務めているものの、トアにはまだ迷いがある。
回数を重ねるごとに、ヴァルフィリスの”糧”となれる喜びに身体は蕩け、”食事”以外の軽いキスをされるだけであっさり発情してしまう身体になってしまった。
ヴァルフィリスにとっても、すこぶる都合のいい存在だろうなと自分でも思う。ほんの少しの愛撫でやすやすと興奮し、たっぷりと生気を溢れさせるのだから。
ヴァルフィリスは”食事”のたびにトアの身体中にキスを降らせる。
唇だけではなく、額や瞼、頬や耳たぶ。首筋から胸元へとすべり降り、小さな尖りを舌先で転がされるだけで、あっという間にトアのささやかな雄芯は屹立し、蜜をこぼす。
濡れたそれを扱かれながら胸を吸われ、達するぎりぎりまで追い詰められては焦らされて、鳩尾から臍まで淫らに舌を這わされて……なんども、ヴァルフィリスの口の中で吐精した。
体液も栄養になりうるのかときいたことがあったのだが、そういうわけではないらしい。
恥ずかしくて聞くことはできないが、じゃあどうしてわざわざ口淫なんてしたがるのだろうと、いつも不思議でならなかった。
トアはたやすく発情するのだから、そうまでして愛撫に時間をかけなくてもいいはずだ。だが、ここのところ”食事”の時間は長くなりつつある。
飽きる様子もなくトアを味わうヴァルフィリスの愛撫に酔い狂わされる夜が、幸せでたまらなかった。
”食事”と割り切っているつもりでも、欲はいくらでも湧いてくる。
幾度となく達せられるたび、腹の奥が疼くようになってきた。
自分ばかりがよがり狂わされるのではなく、ヴァルフィリスにも気持ちよくなってほしい。
乱暴でもいい。陵辱でもなんでもいいから、疼きの止まらない火照った身体を、めちゃくちゃにしてほしいと胸が騒いだ。
ひょっとして性欲がないのだろうかとふと思ったことがあったけれど、理性を失いキスをせがんで膝に乗ったとき、ヴァルフィリスのそれはしっかりとした硬さを持っていた。
それが嬉しくてたまらず、誘うようにヴァルフィリスの股座の上で腰を揺すってみたけれど、抱いてはもらえず……。
幸せなのに寂しくて、もどかしい日々が続いている。
それならば、ヴァルフィリスの内面についてもっと教えてほしい。知る必要はないとまた言われてしまうかもしれないけれど、彼の全てを知りたかった。
ヴァルフィリスの生い立ち、彼がどうしてこの屋敷で暮らすようになったのか。彼が生きてきた百数十年のことを、全て教えてほしいとさえ思っている。
それは無理でも、せめて、ヴァルフィリスが何をしようとしているのかくらいは教えてほしい。
しばらく黙り込んでいると、ヴァルフィリスがゆっくりと隣で長い脚を組んだ。ベッドに後ろ手をつき、外を眺めている。
「……この先に山があるだろ。カレーナ山脈というんだが」
「へ? ああ……昔は活火山だったってやつ?」
「そうだ。カレーナの山峰に、シルヴェラという国がある。……そこが、俺の故郷でね」
「故郷……!?」
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