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第34話 命を注いで※

「うわぁ~~!! ど、どうしたんだよヴァル!!」  屋敷へ戻った二人を出迎えたアンルが、血まみれのヴァルフィリスを目の当たりにして真っ青になっている。  そして、「あ、着替えとかお湯とか、用意するから!!」といって、どたばたとキッチンのほうへ駆けて行った。  その間、トアは歩くのが精一杯のヴァルフィリスを支えて二階へと上がり、ようやくベッドに寝かせることに成功した。苦しげな呼吸を繰り返すヴァルフィリスの顔色はさっきよりも蒼白で、空気に溶けてしまいそうに儚い。 「……ヴァル、汗を拭くね」  アンルが運んできた木製のたらいにはたっぷりの湯が張られている。布を湯に浸してヴァルフィリスの額に浮かぶ汗を拭っていると、思いの外強い力で手首を握られ、トアはひどく驚いた。  顔を覗き込むと、ヴァルフィリスはうっすらと目を開ける。長いまつ毛の下から覗くルビー色の瞳はいつになく重い翳りがあり、トアは突き上げるような不安に駆られた。  ――このままヴァルが死んでしまったらどうしよう、バッドエンドをまだ回避できていなかったら、どうしよう……  湯に濡れた麻布を手放して、急かされるようにベッドの上に乗り上げると、トアは自分からヴァルフィリスに口付けた。  両手で白い頬に手を添えて体温を伝え、薄く唇を開かせて、息を深く吹き込むように、何度も。何度も。  ――僕のせいだ。僕のせいで、ヴァルはこんなにもひどい怪我を…… 「ヴァル、ごめん。馬鹿なことをして、ごめん……」  キスの隙間でつぐないの言葉を囁くたび、トアの目からは涙が溢れた。  時折トアの口づけに応えるように唇が動くけれど、あまりに微かな動きで、それがさらにトアを不安にさせた。  オリオドをはじめとした騎士団の面々がそばにいたときは気を張っていたのだろう、ふたりきりになった途端ヴァルフィリスは崩れるようにトアに体重を預けて、馬車に乗っている間はずっと目を閉じていた。  自分の浅はかな行動のせいでヴァルフィリスに深い傷を負わせ、こんなにも弱らせて、命の危機に晒している。  謝っても謝っても贖いきれないことをしてしまった罪悪感で、胸が押し潰されてしまいそうだった。 「……トア」  やがて、掠れた声がトアの鼓膜を淡く震わせる。  ハッとして顔を覗き込むと、さっきよりはいくらか明るい瞳がトアを見上げている。ようやく少しホッとして、トアは「はぁ~~~……」とヴァルフィリスの肩口に顔を埋めた。 「ヴァル、大丈夫? 傷はどう?」 「血が止まれば、問題ない……」 「本当にごめん! 僕のせいでこんな怪我を……!」 「……怪我のことはいい、謝るな。ただ……」 「うん、何?」  冷たい手が、トアの手を固く握る。  重たげなまばたきのあと、ヴァルフィリスはトアを見上げた。 「もう二度と、あんな想いはしたくない」 「え……?」 「俺なんかを守るために、自分を犠牲にしようとするのはやめてくれ。あんな男にお前が穢されてしまうなんて……耐えられないよ」 「うん……うん、ごめん。ごめんね、ヴァル」  苦しげに声を詰まらせるヴァルフィリスの手を、トアは両手で握りしめた。重なり合った手に頬を寄せ、何度も何度も頷きながら。  本当は怖かった。  ヴァルフィリスを『悪』と捉える圧倒的多数の前に立ったとき、身が竦んだ。怖くて怖くてたまらなかった。正義感に燃える男たちの前で、彼らと反する自らの考えを主張する声は、きっと震えていたはずだ。  そして、ジャミルに騙され、襲われかけたときも、本当はすごく怖かった。  ヴァルフィリスを守るためなら何でもできると思っていた。自分は何も間違っていないのだと自信があった。……なのに、何もできなかった。  不甲斐なくて、情けなくてたまらない。ヴァルフィリスに怪我を負わせてしまった自分が許せない。  だけど、今トアにできることはただひとつ。  ヴァルフィリスのために、命を注ぐことだけだ。   「助けに来てくれて、ありがとう」  万感の気持ちを込めた感謝の言葉ともに、トアはヴァルフィリスにキスを贈った。  深く、命を分け与えるように、想いを注ぎ込むように。  すると、ヴァルフィリスの唇が微かに動き、トアのキスに小さく応えた。ほんの些細な動きでさえも嬉しくて、トアは泣き笑いの表情でキスをしながら、ヴァルフィリスのシャツを握りしめる。  こうしてトアが上になり、ヴァルフィリスにキスをするのは初めてだ。  長いまつ毛を伏せて横たわり、トアのされるがままになっている姿は痛ましい。けれど、いじらしさもあって妙に心をくすぐられてしまう。  キスをしながら耳に触れ、未だ触れたことのなかった白銀色の髪の毛に指を通してみた。  やわらかな銀髪に指を通しながらそっと頭を撫でると、指先に絡む髪の毛の艶やかさがくすぐったい。もう片方の手のひらの下で上下する胸板の動きに力をもらいながら、トアはヴァルフィリスを癒やし続けた。  すると不意に、ヴァルフィリスの手がトアの腰に触れた。びっくりして顔を上げると、さっきよりも一段明るさを取り戻した真紅の瞳がトアを見上げている。    自分の行いが確実にヴァルフィリスの力になっていることが嬉しくて、トアはようやく表情を綻ばせた。その拍子に、すう……と一筋の涙が頬を伝う。 「……ヴァル、どう?」 「あぁ……いい感じだ」 「本当? 傷、治せてるかな」 「だいぶ痛みが消えてきた。……すごいな、お前」 「へ、へへ……」  重たげに持ち上がった白い指が、濡れたトアの頬を拭う。また触れてもらえた喜びに、トアは小さく鼻を啜った。 「必ず、僕が治すから」 「ふ……楽しみだな」  いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべながら、ヴァルフィリスは微かに顔を顰めつつ上体を起こした。そして、たっぷりしたクッションとヘッドボードに背を預け、気だるげにため息を吐く。 「起き上がって大丈夫なの?」 「ああ、こっちのほうが楽だ。お前の顔もよく見えるし」  トアは膝立ちになって、いたずらっぽく微笑むヴァルフィリスの額にキスをした。  そして脇腹の傷に触らないように気遣いながら、血で汚れた白いシャツをそっと脱がせてゆく。    脇腹の傷を覆う包帯には血が滲んでいるが、赤い染みが広がってゆく気配はない。そういえば、ヴァルフィリスの裸体をこんなふうに目の前にするのは初めてだ。  ――ヴァルって、もっと細いのかと思ってたけど……こんなに筋肉があったんだ。  いつも着衣のままトアを高めるヴァルフィリスだが、上半身だけとはいえ今日は裸体だ。普段は覆い隠されているものが無防備に目の前に晒されていることに気づくや、トアの胸はどきどきとときめき始める。  ――ああ……すごく綺麗だ。首から肩にかけての線も、鎖骨の浮き具合も、肩幅が広いところも、ちょっと盛り上がった胸板も……  傷に触らないようにヴァルフィリスの膝に跨り、白くしなやかな首筋に唇を這わせる。唇から伝わってくるのは、しっとりとした肌の感触だ。トアはうっとりして、ほう……と熱い吐息を漏らした。  すると、それがくすぐったかったのか、ヴァルフィリスの肌が微かに震える。思いがけないその反応にも、トアはキュンとさせられてしまった。  おずおすと胸板に触れてみると、弾力のある筋肉がトアの指を心地よく押し返す。白く透き通るような肌をしているというのに逞しい身体つきだ。  芸術的な稜線を描く肩から腕にかけてのラインにもそっと指を這わせてみると、珍しくヴァルフィリスが「んっ……」と声を漏らした。 「あっ……ごめん、痛かった?」 「違う。くすぐったかったんだよ、妙な触り方しやがって」 「だ、だって。ヴァルの肌すごく綺麗だし、身体もかっこよくて……」  見て、触れているだけで、ぞくぞくと興奮が高まってゆくほどに美しい肉体だ。  トアはまた膝立ちになると、ヴァルフィリスの首に腕を絡めて、唇をキスで塞いだ。 「……ん、ん……ヴァル……」  積極的に、自ら舌を挿入してみる。すると、すぐにあたたかな舌がトアのそれに絡まって、ゆったりした動きで擦れ合う。  濡れた粘膜同士が重なり合う感触の淫らさは、トアの身体の奥に火が灯した。  夢中でキスを交わしながらヴァルフィリスにシャツを脱がされ、いつしか互いに上半身裸になっている。ぐいと背中を抱き寄せられ、隔てるものなく肌と肌が重なり合った。 「はぁ……っ……」  さらりとした肌の感触。互いの体温が伝わり合う感覚の心地よさと安堵感に、トアは陶然と酔いしれた。  広い背中に手を回し、ぴったりと身を寄せ合っていると、鼓動がひとつに重なり合ってゆくようだった。  ふと気づくと、ヴァルフィリスの股座に腰を落とす格好になってしまい、傷に障りやしないかと気になった。けれど、ヴァルフィリスはいっそう強くトアを抱きしめ、濃厚な口づけでトアを貪るのだ。  後頭部を大きな手で包み込まれながら、いつにも増して情熱的な仕草で舌を絡ませてくる愛撫の妖艶さに酔わされて、全身がとろけていってしまいそうだった。 「ん、んっ……ァ……あ」  しかも、感じる。  尻の下で、硬く芯をもったヴァルフィリスの興奮の証を。  トアを味わいながら、無意識のように下から突き上げるように腰を揺らす淫らな動きに、気づいてしまった。ドクン! と胸がひときわ大きく跳ね上がり、腹の奥で燻っていた熱がトアの内壁を疼かせる。 「ねぇ、ヴァル……口でしてもいい?」 「え……?」  ヴァルフィリスの胸を押して唇を離し、トアはおずおずとそう尋ねてみた。  ゆすゆすとぎこちなく腰を前後に揺らしてみると、ヴァルフィリスは眉間に皺を寄せて「っ……こら」とトアを叱った。だが、その声はひどく甘い。  その上、目の縁や頬はうっすらと紅潮し、紙のように白かった唇にも赤みが戻っている。トアは目を輝かせた。  ――ああ、よかった……! さっきよりもずっと具合が良さそうだ。  自分の命がヴァルフィリスの糧となっている実感に胸が弾んだ。  まだ口淫の許可は出ていないけれど、トアはもぞもぞと腰の位置をずらしてヴァルフィリスの脚の間に入り込み、ベルトを解いてズボンの前をはだけさせてゆく。 「わ……すごい」  ヴァルフィリスの雄芯が、窮屈そうなズボンの中から露わになった。ふるりと撓って勃ち上がった性器を目の前するや、トアのそれも痛いほどに疼き、内壁がきゅぅとひくつくいた。  ――ああ……すごい、僕とキスしただけなのに、こんなに……  ヴァルフィリスの昂りを如実に表すかのような雄々しい屹立の先端に、トアは迷わず口づけた。  微かに濡れた鈴口から溢れた体液を舌でゆっくりと舐め取って、くぽりと口の中へ迎え入れる。  すると頭上から、「っ……は」と色っぽいため息が聞こえてきた。初めてで、拙い口淫だが、感じてくれているのだろうか。 「トア、お前……っ」 「ん、んっ……ん……」 「はぁ……っ……、はァ……」  舌先で割れ目をなぞり、根本をそっと手で扱くと、トアの口内でさらにヴァルフィリスのそれは硬くなった。  いつも与えられてばかりの快感を返すことができている……その手応えを感じられたことが嬉しくて、トアはさらに大胆に、深くまでそれを飲み込んだ。 「ん、んく……ン……」 「はァ……っ、トア。そこまでしなくても、いい……」 「ん、ふぅ……っ……」  口いっぱいに頬張りながら、トアは小さくかぶりを振る。  小さな口にはあまりにも大きなものだが、苦しさなど感じない。  だっぷりと唾液を絡めて、柔らかな粘膜で包み込み、喉奥を締めて先端を愛撫する。  その度に、びく、びくっと身体を震わせ、拳で口元を押さえて声を殺すヴァルフィリスの仕草が妙に初々しく、可愛らしく思えて、たまらない気持ちになった。

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