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第35話 繋がり合うもの※

「やめろ、もう……っ、出る……」 「いいよ、出してよ。飲みたいな、僕……」 「っ……だめだ! そんなことさせられない」  ぐい、と肩を掴まれて、舌で転がすように舐めくすぐっていた先端が口から出ていってしまった。  体液か、唾液か。透明な細い糸がトアの唇から一筋伝う。  舌に残る、やや苦味のある青い味が妙に名残惜しい。あと少しでいかせることができたのに――……と、残念な気持ちをありありと瞳に浮かべて見上げると、ヴァルフィリスは頬を赤らめたまま「まったく」とため息を吐いた。 「どこで覚えたんだ、こんなの」 「どこって、ヴァルがいつも僕にするから」 「ああ……そうか」 「口がだめなら、あの……」  トアはもじもじと太ももをすり合わせ、上目遣いにヴァルフィリスを見つめた。  視線が絡まり合うだけで、トアの内壁は疼いてしまう。口淫をするうち、早々に勃ち上がってしまったペニスは、ズボンがこすれるだけで快感を拾ってしまい、どうにもならない。 「ヴァル……僕の中に、出して」 「え……?」 「”食事”のたび、いつもいつも思ってた。ヴァルに抱かれたい……って」 「っ……」  やや怒ったような顔をしているものの、白い頬を上気させるヴァルフィリスの瞳には欲情が浮かんでいる。普段は理性が勝る理知的な瞳にも、ありありと欲を帯びた興奮が見て取れる。  だが、ヴァルフィリスは目を伏せて、首を振った。 「……そんなことをしたら、俺はお前を殺すまで貪り尽くしてしまうかもしれない」 「大丈夫、大丈夫だよ! きっと」 「簡単に言うな。それが恐ろしくて、これまでもずっとお前に手を出さなかったのに……」 「えっ!?」  思いがけない告白だった。  トアの身を案じて、ヴァルフィリスも我慢をしてくれていたというのだから。  抱きたいと思ってもらえていたことが嬉しくてたまらず、顔がゆるゆると緩んでしまう。歓喜のあまり、どうにかなってしまいそうだ。 「そ……そうだったんだ。うわ、どうしよ、嬉しすぎる……」 「何を喜んでいるのか知らないが、危険かもしれないんだぞ?」 「そうかもしれないけど、でも……!」  トアは膝立ちになり、ヴァルフィリスをぎゅっと抱きしめた。  そっと腰に回る手の温もりに目を閉じて、トアははにかみながらこう言った。 「大丈夫だよ、きっと。僕は平気だ、なんとなくわかるんだ」 「何がわかるんだ?」 「ヴァルに抱いてもらえたら、僕は興奮がおさまらないと思うんだよね」 「……? それがどうして大丈夫なんだ?」 「ええと……だからさ。ヴァルが食べきれないくらい、生気が溢れかえっちゃうと思うんだ。だから、平気だよ」  トアがそう言うと、ヴァルフィリスがふっと噴き出すのが吐息で分かった。  そのまま「ふっ……ふふっ……なんだそれ」と肩を揺すって笑っては、傷が痛むらしく、かすかに顔を顰めている。  恥ずかしいが、ヴァルフィリスが笑ってくれるのはとても嬉しい。  ついでに、トアはついでにもうひとつ告白しておくことにした。 「ヴァルに抱いてほしくて、でも抱いてもらえなくて……自分でここ、いじったりしたこともあるくらいなんだぞ」 「え? ……じ、自分で?」 「うん、そうだよ……。な、なんだその目は!」  まじまじと間近で見つめられ、トアは顔を真っ赤にして膨れっ面をした。  するとヴァルフィリスが「……なるほど、それはちょっと……いや、かなり見てみたい光景だな」と言うものだから、さらに頬が火照ってしまう。  赤らんだ顔を隠すべく、ぎゅうっとヴァルフィリスにしがみつく。 「だ、だからお願い。僕を抱いてよ。……もう、我慢できない」  トアが大きく頷くと、ヴァルフィリスは根負けしたかのように、「はぁ……」と天を仰いでため息を吐く。そして、やおら腰を上げ、身体を起こした。  トアが組み敷かれる格好になった途端、ヴァルフィリスからの淫靡なキスが容赦なく降り注ぐ。胸元に唇が触れ、軽く吸われて、トアは「は、ぁっ……」と声を漏らした。  焦らすように柔らかな愛撫で敏感な尖りを舐めくすぐられながら下を全て脱がされると、はしたなく蜜をこぼしながら勃ち上がったものが露わになった。  恥ずかしさが込み上げてくるけれど、その羞恥心にさえも興奮を煽られ、とぷん……と鈴口から雫が溢れた。 「ん、はぁ……っ、ヴァル……早く、挿れて」 「……本当にいいんだな?」 「うん……! はやくここ、欲しいよ……」  ひくひくと疼きの止まらない後孔に指を這わせ、蕩けた視線でヴァルフィリスを誘う。  すると、情欲に濡れた紅い瞳がうっそりと細められ、額にキスが落ちてくる。 「……煽りすぎだ、ばか。どうなっても知らないからな」 「あ……っ」  口淫の余韻でとろとろに濡れたヴァルフィリスの雄芯が、ぴたりと窄まりにあてがわれる。  ようやく、この美しい男に支配されるのだという悦びで、トアの目から涙が溢れた。  だが、まず訪れたのは身体をふたつに割られるような圧迫感だ。その感覚に一瞬怯えもしたけれど、トアの腰を包む大きな手の優しさや、胸元や首筋に柔らかく触れるヴァルフィリスの愛撫の心地よさに、少しずつ身体がほどけてゆく。 「ぁ、あぁ、ん……ンっ……」 「無理するなよ。……痛かったら、やめるから」 「やだ、やだよっ、やめないで……っ」  腕を伸ばして首に縋ると、大きな手で腰を包まれ、下から小刻みに突き上げられる。  ゆっくり、ゆっくりと熱い屹立が中を満たしてゆく感覚に、トアは濡れた声を漏らしながら背中をしならせた。 「はぁ、あ……っ、入っ……ン、ぁ……」  くぽり、と丸く尖った先端を飲み込めた瞬間、トアの身体は歓喜に震えた。涙目になりながらヴァルフィリスを見つめると、ひりつくような赫い視線がトアを射抜く。  暗がりの中でなお美しくきらめくヴァルフィリスの瞳に魅入られながら、引き寄せ合うように唇が重なった。  挿入された舌に大胆に舌を絡めて、トアはヴァルフィリスのキスを求めた。濃密に絡み合う水音が無性にいやらしく、トアの性感を高めてゆく。 「ぁっ……はァ、……いっぱい、奥まで……っ」  そうしてキスをしながらことをすすめるうち、ヴァルフィリスの全てを受け入れることができていたらしい。尻たぶに感じるのは、ヴァルフィリスの濡れた肌の感触だ。  腹の奥の奥までヴァルフィリスの熱に満たされている。  ――すごい……僕、ヴァルとつながってる……  胸を震わせるほどの感動がトアの目を熱くするけれど、まだ動くと苦しさがある。  ヴァルフィリスの肌にぴったりとくっついて胸を弾ませていると、長い指がさらりとトアの髪の毛を梳いた。  顔を上げると、透き通るような輝きを湛えた深紅の瞳と視線が重なる。  トアのまぶたに唇で触れ、優しく背中を撫でながら、ヴァルフィリスは「……大丈夫か?」とトアの身を気遣った。  その甘い低音の声が身体に響くだけで、内壁がきゅうっと締まる。声に鼓膜を震わされるだけでぞくぞくと感じさせられて、腰が勝手に小さく揺れた。 「大丈夫……っ、ん」 「っ……トア、そんなに締めるな。我慢できなくなるだろ」 「我慢……してるの?」  トアがそう問うと、ヴァルフィリスは眉間に皺を寄せつつ目を伏せて、こくんと素直に頷いた。 「……してる。下手に動くと、お前に怪我をさせそうで」  不意打ちの愛らしい仕草に、トアの胸はまたきゅんきゅんと高鳴った。圧迫感の苦しさはいつしかとろけて消えてゆき、勝手にまた腰が揺れてしまう。 「ぅっ……ぁ、トアっ……」 「もう、平気だよ……?」 「……本当か?」 「ほんと。だからヴァルも、気持ちよくなって……?」  自らゆるゆると腰を上下すると、奥まで嵌められたヴァルフィリスの先端が好いところを掠め、意図せず「ん、ぁっ……」と声が出てしまった。  恥ずかしさのあまり咄嗟に手で口を覆うも、ヴァルフィリスにはトアの感覚が伝わってしまっているらしい。 「そう、ここがイイんだな?」 「あ! っ……ァっ……ん」 「もっと教えてくれ。トア……どこが好きなんだ?」 「ぁ、あっ……ァ、あん……っ」  深くまで挿入されていた雄芯がゆっくりと引き抜かれてゆき、またゆっくりと挿入される。  ヴァルフィリスの腕の中に囚われて、ゆるやかな抽送を受け止めながら、トアもぎゅっと広い背中に手を回した。  抽送を受け止めるごとに、快感が高まってゆくようだった。  熱く熟れた内壁を擦られるたびに腰が跳ね、堪えようとしても甘えた声が漏れてしまう。 「ぁ、んん、んっ、……ん、ぁっ!」  さっき見つけられてしまった好いところを狙うように突き上げられると、痺れるような快感が内側からせりあがってくる。トアは腰をくねらせながら、ヴァルフィリスの背中にきつくしがみつき、爪を立てた。 「あ……っ、はぁ、っ。きもちいい、きもちいいよぉ……っ」 「……本当に? 無理して、ないか?」 「してない、きもちいい……っ……ヴァル、好き、好きだよ……すき……っ」  思わずこぼれ落ちたトアの愛の言葉に、ヴァルフィリスの動きが少しばかり激しくなった。  腰が打ち付けられるたびに弾ける肌の音や、ぱちゅ、ぱちゅ、と結合部から溢れ出す音が淫靡に響き、ふたりの荒い吐息と重なり合う。 「ぁ、あっ! ぁん、ヴァル……っ、ぁん……っ」 「ん……はぁっ、すごくイイ……。お前の、中……」 「ほんと? きもちいい……? ぼくと、するの……」  揺さぶられながらそう問いかけた声は、高ぶる感情のせいで涙声になっていた。  つと、あたたかな手が頭に触れる。  ヴァルフィリスの肩口に顔を埋めていたトアが顔を上げると、優しく細められた赫い瞳がすぐそこにあった。  まっすぐにトアを見つめ、唇に軽いキスを落としながら、ヴァルフィリスは甘い声でこう囁く。 「ああ、気持ちいい。とても、あたたかくて……すごく、愛おしい」 「へっ……」 「もう、どこにもいかないでくれ。……お前を、愛してる」 「あ、あぁ……」  間近で見つめられ、まっすぐに告げられたヴァルフィリスの愛の言葉に、胸が震えた。  目を見張るトアのまなじりから溢れ、ころりと転がり落ちてゆく一筋の涙を、ヴァルフィリスが唇で受け止める。 「うん、うん……もう離れない。好きだよ、ヴァルが好き、大好き」  涙声で告げるトアの唇に、優しい笑みを湛えた唇がそっと重なる。  触れあうだけの口付けで済むはずがない。互いを求めて吐息は高まり、キスがますます深くなる。  密着した汗に濡れた肌と肌が擦れると、とろけてしまいそうなほどに気持ちが良い。トアの唇からは、もはや堪えることさえできないほどの甘い嬌声が溢れていた。 「ぁ、ヴァルっ……、またイく……っ、イくっ……!」 「っ……、く……」  ひときわきつく締めつけながら全身を震わせて達した瞬間、腹の奥で爆ぜるヴァルフィリスの熱を感じた。  最奥に刻み込まれたヴァルフィリスの痕跡さえも愛おしく、感情がとめどなく溢れ出す。 「すき……すきだよ、ヴァル……だいすき」  吐精してもなお力を失わないヴァルフィリスの愛撫に喘ぎ乱れながら、トアはうわごとのように愛の言葉を伝えつづけた。  すると、汗で濡れそぼった髪の毛をそっとかき上げられ、額に優しいキスが落とされる。 「俺もお前を愛してる。……ずっと、俺のそばにいてくれ」  注がれる愛に心も身体も蕩けさせられ、幸せの涙がトアの頬を濡らしてゆく。  長い夜が終わり、朝が訪れてもなお、ふたりは優しい嵐のような交わりに溺れ続けていた。

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