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16 輝彦と祥孝

 それからは、毎日のように輝彦と会う日が続く。互いにバイトがあっても終わったあとに会ったりと、とにかく輝彦はよく誘ってくれた。 「だいぶ本気なんじゃないか?」  ある日の夕方、幸人はバイト帰りによく寄るファーストフード店の前で、祥孝と偶然会う。飲み物を買って、ひとを眺めてから帰ろうと思っていた幸人は、祥孝からの少し喋ろうという案に乗ったのだ。  そしてこの春休み、毎日のように輝彦と会っていると話すと、祥孝はなぜか考え込んでそう言う。 「かもね。輝彦、バイト以外は俺と会ってるって感じだし」 「そうか……」  何かを真剣に考えている様子の祥孝をよそに、幸人は窓の外を見ると、雑踏の中で輝彦を見つけた。輝彦もこちらに気付いたらしく、笑顔で「あ」と口を開きかけたがすぐにその笑顔が消える。どうしたのだろう、と思っていると祥孝に声を掛けられた。 「どうした?」 「あ、輝彦がいたんだけど様子が……」  幸人は再び視線を外に戻す。するといつもの笑顔を貼り付けた輝彦が、こちらに向かってくるのが見えた。  今のは何だったんだろう? と思いながらも、にこやかにやってきた輝彦が、当然のように幸人の隣に座る。 「今日はバイトだって聞いてたから来てみた。当たりだったな」  友達? と笑顔で輝彦に聞かれ、幸人は頷いた。すると輝彦の糸が、幸人の胴や足、指先まで綺麗に巻き付き、見えるのは顔だけになってしまう。ものすごい束縛だ。 「ほら、話してた幼なじみ。祥孝だよ。祥孝、こっちは輝彦」  幸人はそれぞれ紹介すると、先に口を開いたのは祥孝だった。 「へえ、幸人の言う通りモデルみたいなイケメンだな。モテそう」  祥孝の言葉に輝彦がピクリと反応した。しかし彼はまたいつものキラキラ笑顔で返す。 「いや、全然モテないですよ。友達といた方がまだ楽しいし」  な? と輝彦は幸人の背中を軽く叩く。幸人は何となく二人の間に不穏な空気を感じて、笑って誤魔化した。  実際、輝彦は友達というくくりでもモテる方だと思う。人を選ばず寄ってくる外見だから、それをよく思っていない本人にしては、モテるという言葉は禁句だ。 「そう? 幸人に女の子でも紹介してあげて欲しいな。こいつ、昔から奥手で……」 「祥孝、それはいいよ……」  しかもなぜか、祥孝は普段しない幸人の恋愛事情まで話し始めた。輝彦が幸人のことが好きだと知っていてそれを言うなんて、と思わず彼を止める。 「そういう話は苦手だって言ってるだろ?」 「恋愛相談は得意なのに?」 「それとこれとは話が別だ」 「幸人、恋愛相談が得意なのか?」  祥孝と幸人の会話に、輝彦が割り込んできた。やはり祥孝は、輝彦に幸人の恋愛事情を聞かせたいらしい。輝彦が食いつくと、ニコリと笑う。 「幸人に恋愛相談すると、恋が実る確率が高いんだ」 「へぇ」  輝彦は幸人の顔を覗き込んでくる。同時に糸の先で唇をつつかれて、幸人はそっぽを向いた。 「そうだ、ひとの相談ばかりで自分は二の次な幸人のために、合コン開こう」 「えっ?」  突拍子もない祥孝の提案に幸人は思わず振り返ると、企み顔の祥孝がスマホを出している。慌ててそのスマホを取り上げようとしたら、見事に避けられた。 「ばか、止めろって!」 「お前が乗り気じゃないから誘わなかったけど、結構恋愛相談って需要あるんだよなぁ。あ、輝彦もどうだ?」 「行く」 「何言ってんだよ輝彦!?」  いつもならそんなことを言わない祥孝に違和感を覚えつつ、なぜか輝彦まで話に乗ってきて、幸人は内心頭を抱える。しかもニヤニヤしながら祥孝は「いいよ」なんて言っていた。わざわざそんなことをしなくても、お相手は自然と出会った子がいい、と彼には言ってあったはずなのに。 「春休み中がいいよな? 幸人、俺が呼んだら絶対に来いよ?」 「でも、幸人に悪い虫が付いたら嫌だなぁ。祥孝さん、ちゃんとした子、連れてきて下さいね」  強引に話を進める祥孝に幸人は項垂れる。しかもしれっと肩を組んで幸人を引き寄せる輝彦に、祥孝は「過保護だなぁ」とニヤニヤしていた。どうやら祥孝は確信犯のようだ。そして、輝彦も何か勘づいているのか、やたらと糸と態度で束縛してこようとする。 「ちょっと、輝彦近い……」 「そうだよ。そんなにベタベタしてたら、モテない幸人が、さらにモテなくなるだろ?」 「……幸人が奥手なら、俺が窓口になるよ」 「窓口ねぇ。……とか言って、近付いた子をかっさらっていくんじゃないだろな?」  当事者の幸人を置き去りにして会話をする輝彦と祥孝。なぜか二人の間に火花が散っている気がして、幸人は思わず両手を上げて落ち着けと言った。 「もう……。大体、俺の意見抜きで進める話じゃないだろ」  幸人がそう言うと、輝彦はそれもそうだね、と引き、祥孝もそれに倣ったようだ。しかし彼らは笑顔で相手の顔を見ていて、何かを牽制しているようだ。不穏な空気がなくならない。 「幸人は自分に対してはとことん鈍いな」 「は?」  輝彦の思ってもみない発言に彼を見ると、彼はニコリと笑う。それをきっかけに祥孝は席を立ち、手をひらりと振った。 「合コンはやるからそのつもりでいろよ? 輝彦もメンバーに入れとくから」 「だから、そういうのはいいって……!」  幸人は断ろうと声を上げるものの、祥孝は無視して行ってしまう。あう、と小さく呻くと輝彦の糸に唇をつつかれた。 「照れてるの? もしかして、女の子は苦手?」  唇をつついてくる糸がうっとおしくて手で顔を覆うと、横から輝彦がそんなことを聞いてくる。 「苦手というか……そもそも人付き合いが得意じゃないから……」  ひとを眺めている分にはいい。けれど仲を深めることには苦手意識があって、そういう場では息を潜めていたいと思う性だ。 「そっか。でも俺は、そのままの幸人でいいと思う」  少なくとも俺は好きだ、と言われドキリとした。隠した顔がじわじわと熱くなっていくのを自覚して、指の間からチラリと輝彦を見ると、彼は軽く細めた優しい目でこちらを見ている。 「……強引なんだよ祥孝は……」 「でもほら、恋愛相談得意なら、相談してるうちにってこともあるかもしれないだろ?」  ため息をついて愚痴ると、輝彦はそんなことを言ってくる。自分が好きなのにどうしてそんなことを言うのだろう、と思っていたら、手や頬、唇を輝彦の糸がしきりに撫でていた。どうやら幸人を諦める気はないらしい。とりあえず、話を合わせている、といったところか。 「とりあえず、行くだけ行ってみて、ダメだと思えば帰ればいいしさ」  輝彦のその言葉に少しばかり後押しされ、幸人は小さく頷いた。

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