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17 旅行
三月一日。幸人は歩きながら、どうしてこうなったのだろう、とため息をついた。
「ほら輝彦、綺麗な川だよ!」
前を歩いていた朱里が、橋から身を乗り出して川を指す。七海に「危ねぇよ」とつっこまれていて賑やかなのだが、なぜこのメンバーなのか、と隣を見る。
幸人の隣では、遠くの自然を眺めている輝彦がいた。幸人の誕生日を祝うから、泊まりの準備をして駅に来てと言われ、指示通りに指定の駅に向かったのだ。そしたら駅で待ち構えていた朱里、七海、輝彦に盛大にバースデーソングを歌われ、羞恥プレイの洗礼を受ける。
それから電車に揺られて着いた場所は北陸。交通費などは全部三人が出してくれて、幸人は恐縮し過ぎて言葉が出なくなった。
「やっぱこういうのは朱里が一番乗り気だね」
まだ寒い季節だというのに短いスカートを穿いている女性陣。幸人はやっとの思いでありがとう、と言うと、七海はニコッと笑った。
「何でー? ウチらダチじゃん? ダチの誕生日祝わないでどーすんの」
「とか言って、ただ単に騒ぎたいだけー。輝彦も七海も行くって言うし」
七海がそれらしい理由を言うが、それを朱里が台無しにする。仲間の祝い事は一緒に喜んで騒ぎたい、という彼女らの言い分は、分からないでもないから幸人は笑った。
「そっか。改めてありがとう。楽しもうな」
「おけ!」
声を揃えて笑う二人はやはりそっくりだ。今回は輝彦が幸人の誕生日を祝いたいと話したら、二人とも二つ返事で協力してくれたという。
(それにしても輝彦、大人しいな)
大体、幸人のことが好きなら、二人で祝おうとは思わなかったのか。そう思って輝彦を見ると、彼はニコリと笑顔を見せた。
「本当は二人で来たかったのに、バレたんだ」
「あ、なるほど」
女の勘は鋭いな、と輝彦は苦笑する。でもその分、負担する金額が減ったので助かった、とも。
「無理しなくて良かったのに」
「いや、だってさ……」
本当に嬉しかったんだ、と輝彦は少し照れたように言った。バレンタインの誕生日とあって、女性らはその日の輝彦の予定を押さえようと、みんな必死だったらしい。
結局そういうひとは、輝彦本人ではなく、バレンタインにカッコイイ男性と過ごせたという事実が欲しいだけなんだ、と言った彼の苦笑した顔が、しばらく幸人の脳裏から離れなかった。
「あまりいい旅館が押さえられなかったけどさ、カニのシーズンはギリいけるから」
なるほど、と幸人は思う。だから北陸なのか、と。カニは滅多に食べることができないから、やっぱり嬉しい。
「ありがとうな、輝彦」
「ん」
短く返事をした輝彦は、こちらを見ない。けれど彼の糸は大喜びで幸人の腕に巻き付き、唇をつついていた。照れているのかな、と思ったら輝彦がかわいく見えてくる。
一行は売店が並ぶエリアに着くと、早速朱里がはしゃぎ出した。
「ソフトクリームだって。食べない?」
「寒いだろどう考えたって」
輝彦のツッコミに「えー」と不満顔の朱里。食べるなら一人で食え、と七海は容赦がない。賑やかだなぁと幸人が笑うと、あ、と七海が声を上げた。
「幸人、アンタ笑うとかわいいね」
「え?」
「ブスっとしてるよりそっちがいいのは当然だろ? あ、焼き芋あるぞ食おう」
唐突に向けられた七海の視線に戸惑っていると、幸人の背中を押して話題を逸らしたのは輝彦だ。そのまま屋台の前まで連れていかれ、幸人に確認もせず二人分を買う輝彦に、幸人は戸惑いを隠せなかった。
「え、俺も食べるの?」
「うん。きっと美味しいよ?」
「ねぇねぇ! 焼き芋とソフトクリーム合わせたら美味くなるんじゃね? バイブス上がってきた!」
朱里が後ろで一人騒いでいる。好きにしなーと七海も屋台に来て、輝彦をニヤニヤ見上げた。
「輝彦、幸人のことマジでお気に入りなのな?」
「あ、分かるか? 俺らとは絶対つるまないようなヤツだから、見てて飽きないんだよね」
「何かそれ分かるー」
七海も焼き芋を買うと、嬉しそうに笑った。
「ウチもバイトあったけど、来てよかった」
そういう彼女の指先にある糸は、輝彦の方へ引っ張られるように漂っている。そして輝彦が彼女のことを、「意外とひとを見ている」と言ったのは間違いじゃないんだな、と幸人は思った。
「バイト休んで来てくれたんだ? ありがとう」
幸人がそう言うと、七海は照れたのかそっぽを向く。
「だから、ダチの誕生日祝うのはとーぜんだっつーの」
「それでも嬉しいよ」
「……何コイツしつこいんだけど」
次第に赤くなっていく七海の頬を、見つめないようにしてもらった芋を頬張る。ホクホクよりかはねっとりしていて、蜜がたっぷりで甘い。
(きっと七海さんは、朱里さんや輝彦に合わせるタイプなのかも?)
いかにも陽キャだ、ズッ友だ、と騒いでいても、七海も輝彦と同じで、今の状況に少し居心地の悪さを感じているのかもしれない。
三人は食べ歩きながら朱里の元へ行く。彼女はソフトクリームを二つ買っていて、ひとつを輝彦に渡した。
「え、あたしの焼き芋ないの? 買っておいてよまじアリエンティ〜」
「あんたが聞く前にどっか行くからでしょ」
朱里の文句に七海はそう言いながら、朱里に焼き芋を半分渡す。幸人はだんだんこの二人の見分けがつくようになってきた。朱里は常に楽しんでいて、周りを巻き込んでいくタイプのようだ。輝彦と七海は、そんな朱里をどう思っているのだろう?
(少なくとも、ずっと一緒にいられるくらいには、好きなのかな)
何だかんだで仲がいい三人。幸人は楽しそうな彼らを見ているだけで十分だ。輝彦も大人しいけれど、違うひととつるんでいる時よりはリラックスして見える。
「ねー輝彦、土産屋行こう土産屋!」
「ちょ、まずは食べてからにしろよっ」
朱里は片手でソフトクリームと焼き芋を持って、輝彦の腕に絡みつき引っ張った。慌てた輝彦はソフトクリームを落としそうになりながらも、朱里に仕方ないなという感じで付いていく。
賑やかだなぁ、と幸人はその二人を眺めていると、いつの間にか隣にいたらしい七海がこちらを見上げていた。
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