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18 好意
「何ニヤニヤしてんのキモイんだけど」
「あ、いや……」
いつもの癖でひとを眺めて笑っていたらしい。しかし七海にはこちらを口撃する意図はないらしく、笑っている。
「ひとを眺めて楽しそうだなって笑うのが癖で……」
「何それ幸人もその中に入ってんじゃん。楽しくないの?」
「え?」
七海の言葉に幸人はドキリとした。しかしなぜなのか、その正体が分からないまま彼女は続ける。
「幸人もダチでしょ? 主役はアンタ」
「……はあ……」
「ウチは、幸人も含めたこの四人が、最強だと思ってる」
壊したくないから全力で楽しめ、と力強く背中を叩かれた。思わず呻くと彼女は声を上げて笑う。
「幸人弱すぎ。輝彦の相手がそれじゃ務まらないよ?」
「相手?」
「輝彦のお気に入りなんでしょ? あー、男だからかな? 今までのお気に入りは全部潰されて邪魔されてっから」
そういうことか、と幸人は唖然としてしまった。モテる輝彦のことだから、常に女性同士の戦いに巻き込まれているのだろう。だから、七海たちといる時は比較的楽なのかもしれない。
(……けど、二人とも輝彦が好きなんだよなぁ)
七海は輝彦が好きで大事だから、彼の意志を尊重して大人しくしているのかもしれない。憶測に過ぎないけれど。
すると、七海は声のトーンを落として言った。
「ウチは、輝彦も朱里も大事だから。輝彦のこと好きだけど、告ったらアイツ困るの目に見えてるし」
いきなりどうしてその話をしようと思ったのだろう? 幸人は彼女を見下ろすと、眉を下げて笑う七海がいた。この関係性を壊したくないと言ったのは、七海の本音らしい。
「なんか幸人は信用できるってゆーか……話したくなるんだよね」
「……そっか」
会ってまだ半月程だけど、七海は随分と幸人を信用しているようだ。ひとの役に立てたようで、幸人は嬉しくて微笑む。
「なんてゆーか、……癒し系?」
「みんな言うけど、俺には自覚ないよ?」
「あは! 何それ!」
この関係性が好きだから、壊さないために彼女は想いを自分の中にしまっている。優しい子なのだ。けれど、幸人には聞くことしかできないことが心苦しい。アドバイスは過去に祥孝にして失敗しているから、余計なことは言いたくないのだ。
「あ、七海ー! 早く食べてこっち来てよ!」
遠くから朱里の声がする。見ると彼女はもう、ソフトクリームと焼き芋をたいらげていた。「アイツ、食べるの早いよな」と七海は走っていく。
真ん中に輝彦がいて、両隣を朱里と七海が陣取って笑っていた。楽しそうな三人を眺めて幸人は笑う。
(三人が楽しそうならいい。俺は本当に、ひとが笑ってるのを見るのが好きなんだ)
すると輝彦が振り返った。幸人も来いよ、と言われ、追いつくまで待ってくれているのが嬉しい。
このひとたちは、もう俺を置いていかないかな……。
そんな考えがよぎり、幸人の足が思わず止まる。
「幸人?」
「ああうん。今行く」
大丈夫。祥孝とは仲直りしているし、あれはもう過去のことだ、輝彦たちは違う。そう思って幸人は再び歩みを進めた。
俺ももう、ひとと繋がる喜びを味わってもいいのかもしれない。そう思い、幸人は三人の輪に加わった。
◇◇
夕方まで、旅館への道のりを歩きつつ観光し、旅館に着いたらひと息つく。幸人にとっては急な旅行になったけれど、何ひとつ不便もなく、楽しく過ごせた。
「さすがにカップルでもないのに、男女同室はまずいかと思って」
そう言った輝彦はもう浴衣姿だ。夕食は女性陣の部屋で一緒に食べることになっているから、それまでに入浴を済ませるようにと言われた。
(やっぱり、様になってるなぁ)
手足が長くてモデルのような体型の輝彦だが、浴衣に半纏 姿でも、キラキラは失われないのはさすがだと幸人は思う。
「いいのか? 大浴場行かなくて」
幸人が入浴の準備をしていると、輝彦は窓際の椅子に座って手を振った。
「大衆浴場って苦手なんだ」
「……だったら違うプランでよかったのに」
「いいのいいの。これは幸人の誕生祝いだから」
早く行ってこいと言わんばかりに手を振る輝彦。一応部屋にも浴室はあるから、そっちを使うのか、と思って幸人は頷く。
そっと後ろ手でドアを閉めると、肺の中の空気を全部出す勢いでため息をつき、足から力が抜けそうになった。
「はあああああ……参った……」
平静を装って輝彦と会話をしたけれど、旅館に着いた頃から輝彦の糸が動き回って、それはもうすごいはしゃぎようだった。頬はもちろん口や耳まで撫でられ、気にしないように努めていたけれど、さすがに足や臀部、局部まで撫でられるのは勘弁頂きたい。
輝彦が一緒に大浴場に行きたがらない訳だ、と幸人は立ち上がって歩みを進める。
「……やっぱ、そういう意味でも好き、なんだろうなぁ……」
はあ、と幸人はまたため息をついた。
赤い糸が示す好意は、恋愛感情だ。友情や、家族愛、そのほかの好意や愛情は幸人には見えない。
好きだからこそ相手に触れたいと思うのは分かる。男ならなおさら。けれど、幸人は輝彦とは友達でいたいと思っている。
「だって、今まで友達いなかった俺に、ひととお付き合いするなんて無理だし」
好意に応えられない一番の理由はそれだ。輝彦の好意は嫌じゃない。それは改めて思った。だからこそ、このままにしているといずれ輝彦の我慢の限界が来てしまうのでは、と思う。
(そしたら、俺は輝彦を悲しませることになる……)
数年ぶりにできた友達。輝彦の笑顔を曇らせないためには、どうしたらいいのだろう?
「俺と付き合わないで、笑っていて欲しいなんて、都合いい考えなのかなぁ……」
そう呟いて、幸人はゆっくりと大浴場へと向かった。
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