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19 輝彦と同室で★
「誕生日、おめでとー!!」
カチン、とグラスが鳴る音がする。四人はグラスの中身に口を付けると、笑いあった。
「はああ……炭酸ジュースだけど美味いわ〜」
「オヤジ臭いよ朱里」
カーッと言いながらグラスを置く朱里。テーブルの上にはカニが一杯分入った、一人用鍋がある。美味しそうだなと箸を取ると、横からカニの足が幸人の鍋に入れられた。
「え?」
「俺からの誕生日プレゼント」
「あ、ずるい輝彦、ウチも幸人にあげるー」
「え、あ、いや……プレゼントはもうもらってるから食べなよ……」
幸人は戸惑うけれど、輝彦は「ずるいってなんだよ」と笑っている。わあわあと騒ぎ出した二人に、幸人の声を聞く者はいないようだ。朱里はさっさと一人で食べ始めている。
(ありがたく頂いておこう)
手を合わせて早速カニの足を取る。殻は取ってあるので、そのままタレに付けて頬張った。ぷりぷりの食感にじわりと広がるカニの出汁、優しいポン酢醤油が身の甘さを引き立てていて、思わず笑う。
「……うま」
すると輝彦と七海は、残りの自分のカニを幸人の鍋に次々と入れ始めた。朱里が真顔で食べながら「早く食べなよ」とか言っている。
「さすがに食べきれないから。輝彦たちも食べてよ」
「聞こえなーい」
笑いながら答えたのは七海だ。すると輝彦の糸に頬を撫でられる。幸人は輝彦を見ると、嬉しそうに笑った。意外と輝彦はかまってちゃんなのかもしれない。
「じゃあ七海さん、お豆腐あげる」
「いらないいらないっ。ってか呼び捨てにしてよキモイから」
ワイワイ騒ぎながら食べる食事は久しぶりで、やっぱりひとと関わるのっていいなと幸人は思う。忘れかけていた感覚が戻ってきたのを感じ、幸人はありがたくもらったカニを全部食べきった。
そして夜が深くなるまで四人で話し、幸人と輝彦は部屋に戻る。とてもいい誕生日になったと敷いてあった布団に寝転がると、同じように寝転がった輝彦は、もう布団にくるまって寝る体勢だ。
「輝彦寝るのか?」
「うん。疲れたから先に寝る」
「そっか。じゃあ電気消すな?」
ありがとう、と言った輝彦は早々と背中を向けてしまった。幸人は照明を常夜灯にして布団に入ると、目の前に輝彦の糸があってびっくりする。何とか声を出さないようにしたけれど、彼の糸は幸人の鼻頭をくすぐり頬を撫で、唇をつついてきた。
寝るなんて嘘で、めちゃくちゃこちらを意識しているじゃないか、と幸人は輝彦に背中を向ける。しかし、ここで声を上げては怪しまれるし、今から部屋を出ても行くあてがない。
(どうしよう……)
耐えるしかないか、と目をつむった。触覚はないから目を閉じてしまえば何もないのと同じだし、睡魔もいずれ訪れるだろう、とそのまま寝ることにする。
輝彦は、自分に告白するつもりはないのだろうか? 表向きはあくまで友達としての態度そのものだ。前に好きなタイプを聞かれたけれど、恋愛話はそれ以降していない。幸人が男だから、告白するつもりはないのだろうか。
(考えても仕方がないことだな……)
憶測ばかりでは真実に辿りつかない。けれど輝彦からのアクションがない限り、聞くこともできない。
いっそ、ひとの好意が糸で見ることができる、と話したらどうだろうか?
いや、と幸人は頭の中で首を振る。それはもう、祥孝とのことがあって、話さないと決めたじゃないか、と思い直した。
それに、輝彦の好意を聞いてどうするのか。気持ちには応えられないけど、友達でいたい。そんな都合のいい話をするのか? それで彼は聞いてくれるだろうか?
(だから、このままでいいんだ)
輝彦は、ひとといる時の喜びを思い出させてくれたひと。感謝はするけれど、それとこれとは別の話だ。七海が話したように、幸人にとってもこのメンバーは大事な存在になりつつある。
そんなことを考えていたら、いつの間にか意識が落ちていたらしい。まどろんでいると、頬に何かが当たった。
柔らかい。何だろう、と思いながらも再び意識が落ちていこうとするので、思考が定まらない。
温かいそれは触れるだけで離れていく。そして聞こえた衣擦れの音。ふーっと息を吐く音がして、輝彦の声が聞こえた。
彼は何をしているのだろう? 眠れないのかな、と思ったら意識が浮上してきた。それにつれ次第に途切れ途切れだった音も、クリアに聞こえてくる。
「幸人……ごめん……っ」
切なげな輝彦の声に、幸人は目を開けられなくなった。彼の声は決して大きくなかったけれど、その声色と、吐息の多さで幸人が見てはいけないことをしていると悟ってしまう。
輝彦が幸人を、そういう対象として見ているのは分かっていた。けれど、まさかここでするのか、と。
(それでも、手を出してこないだけいい、のか?)
気持ちは分かる。幸人も好きなひとがいたらそうなるんだろうな、と漠然と思っている。だから見なかったことにして、明日も普通に過ごそう、そう思った時だった。
「幸人……好き……、好きだ……っ」
小声で叫んだ輝彦の声が高く掠れた。それを聞いて幸人の心臓が跳ね上がる。
背後で何が起きているのかは把握していた。ふうふうと荒い呼吸を繰り返している輝彦は、次第に落ち着いていったのか、またガサゴソと動いてティッシュを取る音がする。
(ど、どうしよう……)
まさか輝彦が本人を目の前にして自慰をしてしまうほど、切羽詰まっているとは思わなかった。やっぱり普段の彼は表向きで、彼の糸の方が正直なのだと思い知らされる。
このまま朝まで知らないふりをすれば、これまでのように楽しく過ごせるだろう。けれど……。
どうして自分までドキドキしているのか?
後ろの輝彦は寝てしまったのか、規則的な寝息を立て始めている。それを確認して目を開けると、枕元には寄り添うように布団の上に並んだ二人の糸があった。──仲良くなっている? いや、これは違う。たまたま近くにあっただけで、輝彦が寝てしまったから動かないだけ。幸人の糸も、力尽きているだけだ、と無理やり納得する。
(いや、だって、……俺は男だし)
今のは、見ていけないものを見てしまったから緊張しているだけだ。そう思うことにして、幸人は再び目を閉じた。
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