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20 朱里
次の日、輝彦は何もなかったかのように、普通に接してきた。やっぱりあれはなかったことにした方がいいんだ、と幸人も普通に話す。
「ありがとう。いい思い出になったよ」
「よかった。これからも色々遊ぼうな」
「うん」
輝彦に幸人の自宅の最寄り駅まで送ってもらい、彼と別れた。家に帰ったら母が嬉しそうに聞いてくるかもしれない。新しい友達との旅行はどうだった? と。
両親は、幸人が祥孝と仲違いをしたことを知らない。けれど中学高校と、祥孝の話題を出さなかった時があるので、何となく気付いているのかもしれなかった。だから祥孝以外の名前を聞いた時、嬉しそうにしていたのだろう。
(そういえば祥孝、合コンやるって言ってたな……)
気乗りはしないけれど、付き合わないと多分うるさいだろう。そんなことを思っていたら、スマホが震えた。画面を見ると、「朱里さん」と表示されている。
さっき別れたばかりなのに、何かあったのかな、と思って電話に出ると、電話口からは元気な声が聞こえてきた。
『あ、幸人? 輝彦は?』
「輝彦となら今別れたけど?」
朱里の目的は輝彦だと知り、どうしてこちらに掛けてきたのだろうと思っていると、「アイツ電源切ってんのか」という呟きが聞こえた。
『ま、幸人でいいや。ちょっと顔貸して?』
「俺? 何でまた?」
『いいから。ちょっと困ってんの』
「はあ……」
俺でいいなら、と返事をすると、朱里はすぐに隣駅まで来いと言う。横柄な物言いに思うところがないわけじゃなかったけれど、困っているならとそのまま向かった。
駅に着くと、朱里は改札口で待っていた。そんなに切羽詰まったことなのだろうか、と小走りで行くと、彼女は「こっち」と何も言わずに歩き出す。旅行中とは全然違う雰囲気の朱里に、幸人は嫌な予感を覚えた。
しかし着いたのはファミレス。午後の空いている時間だったけれど人目はあるし、危険なことはされないだろうとホッとする。
席に着いて注文を済ませるけれど、朱里はずっとスマホを見ていて喋らない。一体どうしたのかと思って彼女を見ていると、視線に気付いた朱里に睨まれた。
何だろう? 何か朱里の気に障ることをしてしまったかな、と旅行前まで遡って考えてみる。けれどさっぱり分からない。
やがて注文したものが来て、朱里はパンケーキとソフトドリンクを無言で食べ始めた。幸人もホットソイラテを啜ると、しばらく無言の時間が流れる。
「あのさ」
朱里が食べ終わったところでやっと彼女は話し始めた。けれど険悪な雰囲気は変わらず、幸人は緊張する。
「輝彦、あたしらの話、してた?」
「え……」
意外な切り出しにキョトンとしてしまい、また朱里に睨まれる。だから、とイライラを隠さない彼女は腕を組んで背もたれに身を預けた。
「仲良いなら聞いてんでしょ? 輝彦はあたしと七海のどっちが好きかって」
「……」
何を言われたのか一瞬分からず、幸人は固まる。そして本当のことは言えない、と嫌な汗が出たのだ。本当のことを言ったら祥孝の二の舞になるし、かと言って嘘をついても誰も得しない。
ここはだんまりだ、と幸人は決める。
「聞いてないよ」
「嘘。最近輝彦の様子がおかしいの、あんたとつるむようになってからだし」
せっかくあたし好みの外見にしてたのに、と朱里は言う。
「今まで輝彦は、あたしの言うことは聞いてた。なのに最近はつまんなそうにしてさ」
朱里は輝彦への不満を語り始めた。進級するにつれ、次第に落ち着いていく輝彦と七海にイラついていたことに、先日輝彦が茶髪にしたことで爆発したらしい。高校生の時は苦笑しながらも付き合ってくれていたのに、最近は聞かないどころか、「そういう態度やめろよ」と窘められてしまうほどだと。
「何言っても聞かなくなったの。あ、これは好きな女ができたんじゃないかって。そいつのために輝彦はダサくなったんじゃないかって」
幸人は何も言えなかった。それがさらに朱里を、間違った方向に確信させてしまう。
「七海なんでしょ? 旅行中もアイツといると楽しそうにしてたもんね? 幸人の誕プレとか言いながら、七海と一緒にいること多かったし」
旅行中は輝彦の手前楽しそうにしていたが、輝彦と七海がいたからついて行っただけだ、と朱里は言った。それで、どっちなの? とまた迫られる。
「……俺は、本当に何も聞いてないよ」
そう言うしかない。ちゃんと七海や輝彦と話してみたらとも言ったけれど、朱里はついに耐えられなくなったのか、瞬きもしないまま涙を零す。
「三人でつるんでた頃は楽しかったのに、あんたが来てからつまんなくなった。輝彦はあたしのだったのに。……あんたのせいだ、……あんたがあたしらの仲を壊したんだよ!」
あたしは七海のことも好きだったのに、と泣かれて、幸人は視線を落とした。
──納得だ。彼女は自分のものを幸人に取られたと思ったんだな、と。それなら、幸人は輝彦たちといる理由はない。自分は女の子を泣かせてまで、輝彦たちといようとは思わないのだ。
朱里はじっと一点を見つめ、はらはらと泣きながら続ける。
「あんたがいると、七海も楽しそうにしてるから自分だけのけ者にされた気がする。あたしは七海も好きなのに! あたしは……あたしの大事なものを盗ってくあんたが大嫌いだ!」
ずっと三人でいたかったのに。そう言われ、幸人はグッと息を詰めた。
『この嘘つきが! 俺と加奈子の仲を壊そうとしてるんだな!?』
いつかの、祥孝の言葉が脳内で再生される。あの時は本当に誤解だったけれど、──今回は真実だ。
輝彦は幸人が好きで、それが明るみになれば朱里も七海も悲しむだろう。自分が三人の中に入ったことで、関係を崩してしまったのだ。
──また、同じことになってしまった、と目を閉じる。喉の奥につかえている何かを堪えて、幸人は伝票を持って立ち上がった。
「分かった……」
やはり自分は一人でいた方がいい。みんなに囲まれるような人気者と、自分は釣り合うはずがなかったんだ、と幸人は会計を済ませ、店を後にする。
せっかく、新しい友達を作ってもいいかなと思った途端これだ。輝彦の好意自体は戸惑いはしたけれど嫌じゃなかったし、一緒にいるのも楽しかった。
けれど、自分がいることで元々あった関係が崩れてしまうなら、自分はいない方がいい。今回の旅行で、朱里は溜めに溜めた鬱憤を吐き出したかったのだろう。
それでいい。彼女の気が晴れるなら。
幸人はとぼとぼと、家までの道のりを歩いて帰った。
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