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21 合コン

「祥孝」  数日後、幸人は祥孝と待ち合わせをしていた。例の合コンの話がまとまったらしく、一緒に夜ご飯を食べることになったのだ。 「輝彦は来れなくなったって?」 「うん。ごめんな、急に」  幸人は祥孝に嘘をついた。輝彦が来れなくなったと言って幸人だけ参加することにしたのだ。 (あれから、輝彦とは会えてないけど、連絡は毎日くるもんな……)  輝彦は、朱里が幸人を呼び出したことを知らないだろう。もう輝彦に近付かない方がよさそうだと思ったタイミングで、会えないのは助かったと思う。 「俺は彼女いるってみんな知ってるから。じゃ、行くか」  そう言って歩き出す祥孝に、幸人はついて行った。本当は乗り気じゃないけど、輝彦たち以外の友達を作るという意味では、こうして引き合わせてくれるのはありがたい。それになにより、祥孝が幸人のためを思ってセッティングしてくれたのだ、行かなければ祥孝が悲しむだろう。  幸人の自宅の最寄り駅から、電車に乗って数駅。飲食店の多いところに着くと、店の前で男女が数人待っていた。祥孝はその集団に声を掛ける。 「お待たせ。コイツが幸人」 「よろしくー」  祥孝が紹介してくれ、みんな気さくに話しかけてくれる。みんな同い年だからという祥孝に付いて、店内へ入る。全員見た目はどこにでもいる学生で、輝彦たちのような派手さはない。  半個室風の店で、テーブルを男女に別れて囲む。女性が三人、男性が祥孝を入れて四人。みんな祥孝と同じ大学らしい。何だかアウェー感がすごくするけれど、祥孝の善意だから、と流されるまま自己紹介をする。 「俺この間バイト先であのクソ店長とやり合ってさぁ……」  祥孝が話を始めると、みんなも食事を始める。祥孝はスポーツ用品店でバイトをしているらしく、有名選手が来てアドバイスをしたと得意げに話していた。みんなはすごいだの、元全国選手は違うねだのと言っていて、幸人は人知れず息を吐いた。やっぱり、こういう場は居心地が悪い。 「疲れちゃった?」  そう声をかけられ、顔を上げると対面に座る女性が微笑んでいた。確かユカと名乗っていたような、と幸人は首を振る。 「いえ、こういう場は慣れなくて……」 「そっか。私も緊張してる」  慣れていないのは相手も同じだと知ると、少しだけ緊張が和らいだ。何も今この場で、付き合う付き合わないの話をしなくてもいいのだ、と思い直す。 「みんな同じ大学なんですね」 「そう。祥孝くんは有名だったから、まさか同じ大学にいるとは思わなくて」  高校生時代は陸上選手として、全国大会まで行っていたと聞いてはいたけれど、そんなに有名だとは思わなかった。幸人は素直に驚く。 「祥孝、そんなにすごいひとだったんだ……」 「やだ、有栖川くんの方が知ってるんじゃないの?」  思わず零れた幸人の感想に、ユカは笑った。そこで幸人は、付き合いが長いはずなのに祥孝が有名人だと言うことを知らなかったことに気付く。  それでも今はユカとの会話だ。その思考を頭の隅に追いやり、幸人は話に集中した。  朱里や七海といった押しが強い外見と話し方とは違い、女性らしく品のあるユカの雰囲気は好感がもてる。いい子そうだな、と幸人も笑うと、彼女は左手で「食べる?」とサラダを寄越した。 「ありが、……っ」  そこで幸人が見たのは、彼女の左手から伸びている赤い糸。その細く綺麗な指からは、五本の糸が出ていた。しかも、それら全てが誰かと結ばれている。 (全部、蝶結び……)  引っ張ったらすぐに解けてしまう結び方は、不誠実な恋を表している。つまり、ユカは五股をかけているということだ。  この、大人しそうな子が浮気をしている上に、男女の出会いの場に来るなんて、一体どういう神経をしているのだろう、と思ったら、幸人は気分が悪くなってしまった。 「幸人、この中で相性が良さそうな二人いるか? あ、俺と相性いい相手も教えてくれよ。彼女いるから付き合えないけど」  祥孝が隣に来てコソコソ話しかけてくる。幸人の言う通りに、席を移動しようということらしい。  けれど、幸人は言えなかった。この中に五股女がいることを。そしてそのひとは、新たに六本目の糸の相手を探して、幸人にロックオンしたことを。 「えっと……」  幸人はみんなの糸を見るけれど、どれもチグハグでカップルになりそうな二人はいない。  すると視界の端で何かが動き、幸人はハッと祥孝を見る。彼の左手小指からは、二本目の糸が出ていたのだ。  加奈子という恋人がいながら。  これは、加奈子への裏切り行為ではないのか? 幸人はカッと身体が熱くなり、拳を握った。 「彼女がいるのに、俺を使ってこういう場に来るのが目的だったんだ」  幸人の冷ややかな言葉に、全員が黙る。そして注目を浴びた祥孝は、ため息のように息を吐き出した。 「いいじゃねぇか遊びなんだからよ」 「それで半ば強引にセッティングしたんだね? 加奈子ちゃんへの裏切り行為とは思わなかったんだ?」 「裏切りって……そこまで言うか? ただ俺はみんなとワイワイしたかっただけだ」  明らかにイラつき始めた祥孝をよそに、幸人はカバンとアウターを持って席を立つ。もう、そんな不誠実なひとがいる場にはいたくない。祥孝の止める声がしたけれど、無視して店外へと急ぐ。  店を出ると、刺すような寒さに見舞われた。ブルリと身体を震わせ、そこでアウターを着ずに持ったままだと気付く。アウターを着て、歩き出したら気持ち悪くなって、唾を飲み込んだ。  どこか落ち着くところに行きたい。そう思ってスマホを取り出す。連絡先を履歴から表示して、はたと気付いた。  自分は一体、誰に連絡しようとしているのか。  表示されていた名前は輝彦だ。今日は合コンだと言うことを話していないのに、会ったらバレてしまうかもしれないじゃないか。  スマホの画面をオフにして、ポケットにそれをしまう。真っ直ぐ帰ろう、と駅まで歩き、改札を抜けようとした時だった。 「幸人くん!」  呼ばれて振り返るとユカがいた。慌てて追ってきたらしい、アウターのボタンも留めないまま走ってくる。 「祥孝くん怒ってたよ? ……幸人くんも大丈夫?」  許した覚えのない名前呼びに、二の腕にさり気なく触れられ、嫌悪感に身を引いた。表情を強ばらせたユカに胸が痛み、ごめんと謝る。  ユカは首を振った。 「ううん、彼女いるのに乗り気な祥孝くんのことが、ショックだったんだね……」  そう言うユカは眉を下げながら、六本目の糸をこちらに向けている。一体どういうつもりでそのセリフを言っているのか。幸人は問い詰めたかった。  不誠実なことをして、相手がどう思うか考えないのだろうか? それとも、相手はユカの浮気に気付いていないのか? いずれにせよ、見ていて気持ちがいいひとではない。  幸人はこの時初めて、ひとに対して嫌いだ、と思った。けれどすぐにその思いは打ち消し、歩き出す。嫌な感情は持ちたくない。だから早くこの女と離れたい。 「ホントに大丈夫? 家まで送ろうか?」  ついてくるユカを半ば無視し、幸人は電車に乗った。幸人が言うならまだしも、女性が送ると言うなんて、とますますユカのことが不快に思う。 「……ユカさん、俺は大丈夫ですから」  最寄り駅まで着いても、まだついてこようとするユカに幸人は極力優しく言った。頭が重くて考えがまとまらない。話す気力がないから帰りたい。 「……大丈夫そうに見えないよ……」  そう言って、ユカは心配そうにこちらを見上げる。迷惑だった? と悲しげに言われたら、男としては何も言えない。こんな時に女の立場を利用するなんて狡い女だ。どうしてこうも嫌悪感が出てくるのだろう。  これ以上ない吐き気がした。頼むから引いてくれ、と思った時、ぐい、と腕を引かれる。 「……幸人に何をした?」  低い声。幸人はその声にさらに身体が強ばった。  そこには、見たことがないほど険しい顔をした、輝彦がいた。

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