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「わ、私は何も……」  突然の輝彦の登場に幸人は何も言えないでいると、ユカはたじろいだようだ。 「何も? じゃあどうして幸人は泣きそうな顔をしてる?」  輝彦に言われて、幸人は自分が泣きそうな顔をしていたことに気付く。二人が近くで話しているのに感覚が遠く、何だか他人事のように見つめてしまった。  そんな幸人に気付いてか、輝彦はその長い腕で幸人を抱き締める。 「帰れよ。幸人は俺のだ」 「……っ」 「……は?」  唐突な輝彦の言葉に幸人は彼を見上げた。カラコンの薄い虹彩は、今は目の前のユカを睨むように見ている。そのユカは、輝彦も幸人を狙っていると知ると、途端に顔を歪めた。 「何言ってんの? あんた男でしょ?」 「関係あるか。どっかで見たことある五股女だと知れば、ますます幸人は渡せない」  え、と幸人は小声で声を上げる。それよりも、腕の中にいて心地いいと思った自分が恥ずかしくて、逃れようともがいた。けれど輝彦の腕は力強く、おまけに彼の糸も幸人を拘束するように巻き付いてくる。 「伊達に友達多くないからな。幸人とはあれか? ブランド物でも買ってもらったら消えるつもりでいたのか?」 「……っさい! 誰がこんな陰キャチビ相手にするかっての!」  そう言うと、ユカはさっさと踵を返して行ってしまった。早足で遠のいていくユカの背中を見て、本性を早いうちに現してくれてよかった、と幸人はホッとする。 「幸人……」  しかし今更ながら、輝彦の早鐘のように打つ鼓動が聞こえて、こちらまで緊張してきた。とりあえず離れてもらわないと、と彼の胸を押す。 「ちょ、離れて……」  ひとが見てる、と呟くとなぜかさらに力を込められた。 「幸人はチビでも陰キャでもないから大丈夫だよ。……それより何であんな顔してたの? アイツに何された?」  輝彦の声が、耳だけじゃなく喉や胸の震えからも伝わってくる。それが嫌じゃないことに戸惑った幸人は、とりあえず離れて、と呟いた。 「嫌だ。……幸人、このタイミングで言うつもりじゃなかったけど好きなんだ」 「……っ」 『アンタがあたしらの関係を壊した!』  朱里の言葉が脳内で響く。幸人は輝彦の腕の中で、フルフルと首を振った。やめてくれ、これ以上ひとが悲しむのを見たり、ひととの関係を壊したくない。  もう俺が原因で、ひとが泣くのは嫌だ。 「何言ってんだよ。俺男だぞ?」  声が震えた。目頭が痛いほど熱いのに涙は出ない。喉に何かがつっかえているのが気持ち悪くて、全部吐き出したくなる。 「それでも。俺は幸人が好き」 「……俺は……」  グッと幸人は彼の腕の中で拳を握った。 「俺は、ひとりがいいんだ……みんなの笑顔を遠くから見てるだけで……」  そう、幸人はそれだけで幸せなのだ。それ以上は望まなかったし、望んではいけなかったと思う。  大切なひとの、笑顔を奪ったんだから。だから根も葉もないことを言われても、いじめられても罰だと思って耐えたのだ。 (あれ……?)  そう思ってヒヤリとする。今自分を抱き締めているのは輝彦なのに、どうして祥孝のことが出てくるのだろう、と。 「知ってる。けど、俺は幸人に笑っていて欲しいよ。俺の隣で笑ってくれたら、俺は嬉しい」  幸人は息を詰めた。輝彦の言葉で、たった今、降りてきた疑問が確信に変わってしまったのだ。  ──気付きたくなかった。その言葉は、かつて祥孝に言われたかったセリフだと。  せっかく自分の想いを伏せて加奈子といる祥孝を受け入れていたのに、加奈子以外と遊ぼうとしている祥孝が許せなかったのだ。 「違う……俺は本当に、……雑踏を見てるだけで楽しかったのに……」  幸人はあえて言葉にして、今思ったことを否定する。  好きになって傷付くくらいなら、始めから好きにならなければいい。積極的にひとが楽しそうにしているところを見て、自分も幸せなんだ、これでいいんだと思っていた。  自分の性指向は、成就する確率がとても低いと知っていたから。 「……っ」  涙が溢れた。一緒にいても朱里や七海ではなく、輝彦に視線がいっていたのはそういうことだったのかと。別の女の子ならと思って参加した今日の合コンも、祥孝が言い出したことだから気乗りしなかった。 「幸人……俺は幸人が好き。大好き。俺と付き合ってよ」  ぐす、と鼻を啜った幸人が泣いていることに気付いたらしい。輝彦は背中を撫でてくれる。祥孝じゃこうはしないよな、と思って、首を振ってその考えを打ち消した。 「だ、だって……俺は……」  輝彦はやっぱり魅力的だと思う。けれどだからこそ、自分以外のひとと結ばれるべきだ。そんな風に思ってしまう。 「幸人は俺に『ずっと泣いてるひとはいない』って言ってくれた。じゃあ俺も心から笑って過ごせる日が来るのかなって思った」  ひとと少しずつ本音を交えて話してみようと思ったのは、幸人のおかげだと輝彦は言う。そして、何人かは受け入れてくれたから、そのひとたちを大事にしたいとも。 「外見しか見てない奴らだって、ある意味バカにして過ごしてたのもあった。でも、そうじゃない奴らもいるって、幸人のおかげで気付いた」  つまらなかった生活が、幸人のおかげで楽しくなり始めた。そう言われて、彼の糸が幸人の頬を撫でてくる。 「幸人……」  輝彦が、頭を撫でた。お試しでもいい、やっぱり無理だっていつでも突っぱねていい。だから付き合ってくれ、と懇願するように言われる。  いいのだろうか、このまま流されて輝彦といても。朱里や七海も悲しませることになるのに。  そう思うけれど、幸人は輝彦の悲しむ顔を見たくなくて、うん、と頷いてしまった。

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