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25 誠実さ

「なに、言ってんだよ……輝彦なら、いくらでもかわいい子と付き合えるし、そうしたら世間の目も気にしないで済むんだぞ!?」 「うん。けど、俺は幸人を好きになっちゃったから」  幸人は首を振る。輝彦が本当に本気だと知った今、なぜか全力で逃げ出したくなった。 「幸人、俺は幸人と一緒にいたい」 「いや……どう考えても未来がないじゃないか……」  幸人の後ろ向きな発言に、輝彦は幸人の顔を覗き込んでくる。 「どうして? 俺は幸人といる方が幸せって言ってるんだよ?」 「だって俺はっ、……一人でいても楽しいし、一人がいいんだ……っ」  嘘じゃなかった。両親のような仲がいい夫婦にはなれないなと諦めて、それならひとの幸せを願おうと思っていた。それなら誰も傷つかない。誰も泣かない。そう思っていたのに。 「じゃあどうして俺の告白にオーケーしたの?」 「それは……っ」  幸人は輝彦を見る。そう聞かれて、輝彦のせいにできるほど幸人は性格が悪くなかった。そのまま黙ってしまうと、輝彦は背中を撫でてくれる。 「幸人、大丈夫。教えて?」  先程幸人を責めないと言った通り、輝彦は忍耐強く幸人が話すのを待ってくれている。どう逃げ回っても、もう逃げ道はないんだ、と思ったら涙が溢れ出てきた。 「輝彦……多分俺も、輝彦と同類だ……」 「うん……」 「祥孝は彼女がいるのに、あいつ、合コンで相手を見つけるつもりだった……それが許せなくて」 「うん」  観念した幸人は、思いつくままに話す。時々言動に理不尽なところがありつつも、見て見ぬふりをしていた祥孝のこと。でも彼のことを話すなら、赤い糸が見えることも話さなくてはならなくなる。幸人は躊躇った。  輝彦にとっては突拍子もなく、信じられない話だろう。もし話して、信じられるかと拒否されたら?  ──やっぱり話せない、と幸人は思った。もう、あの時のように侮蔑と嫌悪感を滲ませた目で見られたくない。  せっかく自分を好きになってくれたひとを、手離したくない。 「祥孝はずっと、俺に彼女ができるのを望んでる……俺は要らないって言ってるのに」  こんな地味で冴えない奴と、つるんでくれること自体が特別だった。幸人はそれを手放したくなくて、祥孝の言動に目をつむっていたところがある。彼が故障で陸上をやめてから、注目を浴びていないと気が済まない節があったから、恋愛相談と称して幸人の能力を頼ってくる彼を許していたのに。 「本当は嫌だった……祥孝といられればそれでよかったのに、相談を受けないと不機嫌になるから」  そしてそれが上手くいくと、「俺のおかげだ」と言っていた。  好きなひとに利用されているのを、幸人は自分に都合よく解釈しようとしたのだ。ひとが幸せになることはいいことだと。  そして代わりに得られたのは、ひとから嫌われるのを極端に恐れる心だった。それが次第に大きくなり、ひとが泣くのも仲違いするのも見るのが苦手になった。そもそも見ても気持ちがいいものじゃないけれど。 「だから、俺はひとを好きにならない。友達が一人くらいいれば、両親を泣かすこともないって思って……」 「幸人……」  嫌われるのが怖いから、ひとを好きにならないようにしていた。幸いひとの気持ちも自分の気持ちも、幸人には目で見える能力がある。それなら上手くやっていける、そう思っていたのに。  ──輝彦の存在が幸人を変えつつあるのだ。  輝彦の長い腕が、幸人の身体を包む。傷付いてきたんだな、と頭を撫でられ、幸人は首を小さく振った。 「俺はずっと無自覚だったよ。むしろいじめられるのも、祥孝に雑に扱われるのも、当然だと思ってたし」  そう言うと、目の前の輝彦は顔を顰める。ああ、また自分のせいで彼をそんな顔にさせてしまった、と思った。けれど今までと違うのは、自分のためにそんな顔をしないでくれ、という感情ではなく、自分を想ってくれて嬉しい、という感情だった。 「輝彦に会って、自覚できるようになってきた」 「……っ」  そう言って微笑むと、彼は息を詰める。それと同時に、輝彦の糸は硬直したようにピン、と真っ直ぐになった。 「うー……! すげぇキスしたい……!」  幸人は笑う。素直な輝彦をかわいいと思ったからだ。けれど、これだけ話しても幸人の糸は変わらず、輝彦の糸に近付こうともしない。 (全部話せるようになったら、俺の糸も結ばれるのかな?)  自分では結構輝彦に気を許しているつもりでいるけれど、本音ではまだ怖がっているのかもしれない。  すると、頬に温かいものが触れた。ハッとして見ると、輝彦がバツの悪そうな顔をしている。 「ごめん。口じゃないから許して?」  そう言って彼はすぐに離れた。   (少なくとも、祥孝よりは誠実だ)  自分を大きく見せようとせず、ありのままでいようとする輝彦には、幸人も好感を持っている。全部話して、彼のことを好きになれたら自分は変われるだろうか?  傷付くのを恐れて他人を信じることを止めていたけれど、輝彦となら楽しく過ごせるような気がする。  幸人は初めて、輝彦の好意を信じてみようと思った。

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