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26 何かが足りない

 とはいえ、恋人どころか友達すらいなかった幸人だ。改めて付き合うと決めても、何をどうしたらいいのか分からない。 「そうだなぁ、デートしたりとか? 会えない時は電話したり? あ、でも何もせずに一緒にいるのもいいかも」  数日後、輝彦に尋ねてみるとそんな答えが返ってきた。幸人たちは今、遊園地に来ていて、入場ゲートを通ったところだ。やはり春休みらしい大学生風の客が多いけれど、楽しそうにはしゃいでいて賑やかでこちらまで楽しくなる。天気も晴れていて過ごしやすい気温で、絶好のレジャー日和だ。 (やっぱり、カッコイイなぁ……)  輝彦は今日もシンプルな服装だけど、とてもかっこよく見える。容姿が派手な方だから、あえて控えめにしているのかもしれない。輝彦ならそのあたりも計算していそうだ。  すると、輝彦の糸が幸人の頬をくすぐってきた。触覚はないけれどくすぐったくて笑うと、それに気付いた輝彦も笑う。 「……かわいーなぁ」 「……う」  先日十九になったばかりの男をつかまえて、かわいいとは輝彦もなかなか趣味が特殊だなと幸人は思う。何もかも平凡だと自分は思っているし、何せ褒められ慣れていないから反応に困ってしまう。 「輝彦……俺のどこがかわいいんだよ」  照れ隠しに睨むように見上げると、彼の糸は分かりやすく幸人の顔を撫で始めた。特に左目尻下のホクロをつつかれて、ここが彼のツボなのか、と悟る。 「好きな子のことは、全部かわいい。幸人は特に目尻のホクロが好き。食べちゃいたい」 「……」  聞かなきゃよかった、と幸人は顔が熱くなる。告白してから感情を隠すことがなくなった輝彦は、素直に言葉にしてくれる。赤い糸がこれだけ激しく動くのも、輝彦の想いの強さなのかもしれない、と幸人は思った。 「さ、幸人は何に乗りたい?」 「え、俺?」  園内を歩きながら上機嫌で輝彦が聞いてくる。ジェットコースターの走る音と嬌声が、非日常感を出していてワクワクした。その間、彼の糸は幸人顔の辺りをめちゃくちゃ愛でていて、正直鬱陶しい、と幸人は思う。 「うん。幸人はどういうのが好きなのか知りたい」  そう言われて、幸人は戸惑った。遊園地は幼い頃に来たきりで、どんなものが好きなのか分からないのだ。正直に言ってもいいだろうか、と彼と目線を合わせると、期待した目でこちらを見ている。 (輝彦は、ゆったりしたのが好きそう)  趣味は映画鑑賞というのもあり、見た目と中身が一致しないジレンマを抱えていた彼のことだ。多分そうなんじゃないかな、と思って、幸人は園内マップを見ながらアトラクションを口にする。  すると、輝彦は分かりやすく笑みを深めた。 「ボートで園内を回るヤツね。俺も好き」  よかった、合ってた、と幸人も笑う。輝彦の糸も大喜びで幸人の身体をグルグル巻いていた。すると輝彦は小声でこう言うのだ。 「あー……手ぇ繋ぎたい抱きしめたい」  幸人はまた赤面する。どうやら輝彦はベタベタするのが好きらしい。さすがに外ではやらないけれど、イケメンに切なげな声でそう言われたら、女子だったら卒倒しそうだ。  けれど好かれることに慣れていない幸人は、どう反応したらいいのか分からない。そしてそんな幸人を見て、輝彦はさらに嬉しそうにするのだ。 「幸人といると、かわいいが止まらない」  そう言って綺麗に笑うので、幸人は苦笑する。何にせよ、輝彦が嬉しそうならいいか、と思うことにした。  しかし、これだけ輝彦に好意を示されても、幸人の糸はだらんと垂れ下がったままだ。ここ最近は動く気配がなく、なぜ動かないのだろう、と思っている。原因は、やはり祥孝とのことだろう。 (たったひとりふたり、不誠実なひとがいたからって、みんなそうとは限らないのに)  少なくとも、輝彦は絶対に違う。むしろ周りに合わせて疲れていたくらいだから、ひとの気持ちを考えられるひとだ。そして幸人は、そんな輝彦を好ましく思っている。 (好きという感情は、こんなものじゃないのかもしれないな)  思えば、以前は誰かと結ばれたいのではと思うほど、自分の糸はあちこちに向かって漂っていた。本当は、自分も恋愛がしたかったのかもしれない。  自分も、輝彦を好きになれたら、輝彦みたいにベタベタしたくなるのだろうか?  想像してみたけれど、やっぱり分からない。 (けど、輝彦の笑顔は曇らせたくないな)  それだけは確実だと幸人は思う。自分の周りで、ひとが悲しむのは嫌だ。そう思ったら、朱里と七海を思い出してしまった。  これでいいのだろうか? 自分だけ楽しんでいいのだろうか? そう思うと、心にブレーキがかかったように思考が止まってしまう。 「どうした?」  考えごとをしているのがバレたのだろう、怪訝そうにこちらを見てくる輝彦に、幸人は首を振った。何でもないよ、と返すと輝彦は口を尖らせる。 「幸人、楽しくないこと考えてるのバレバレだよ?」 「……ごめん」  せっかくのデートなのに、と思っていると、輝彦は幸人の頭をポンポン、と撫でた。その優しさに、ほんの少し、固まっていた心が溶けた気がする。  二人は目的のアトラクションに着くと、やはり混んでいるのか、二時間待ちとあった。 「時間はたっぷりあるし、よかったら幸人が何を考えていたのか、教えて?」 「え?」  意外な輝彦の言葉に彼を見上げると、輝彦は綺麗な笑みを浮かべていた。これ以上ない優しげな表情に、幸人はまた顔が熱くなる。 「だって、……せっかくのデートだろ?」  自分の話で台無しにしたくない。そう思って幸人は躊躇うと、輝彦はまた笑った。 「幸人のことが好きだから知りたい。何かに悩んでるなら、一緒に悩みたい」  ──ドキリとした。自分はひととの関係を壊す存在でしかなかったのに。輝彦は寄り添ってくれると言うのだ。そしてまた、輝彦と祥孝を比べてしまう。祥孝は、幸人の為と言って強引に話を進めていたな、と。それが男らしい、頼りになると思っていたけれど。  大事にされている実感がある。それだけで嬉しい。  そう思ったら、輝彦の手に触れたいと思った。心臓が少し速く脈打っているけれど、それが何だか心地いい。輝彦なら、幸人が伸ばした手を握ってくれると思うのだ。これが、彼の好意を信じるということなのだろうか?  視線を落とすと、輝彦の手に幸人の糸が近付いていた。けれど何かに躊躇うように、彼の手の周りを彷徨い、そして戻って来る。  どうしてだろう、と思う。胸が温かくて、このひとを大事にしたい。そう思うのに、結ばれるには何が足りないのか。 (そうだ。俺は、輝彦に話していないことがたくさんある)  それを話して、輝彦が受け入れてくれたら、足りないものも分かるだろうか。 「輝彦……俺が話せるようになるまで待っててくれるか?」 「もちろん」  即答だった。彼を見上げると、背中を軽く撫でられる。 「だって幸人、控えめな性格な上に雑踏見て幸せそうなひとを眺めるのが好きって、ただの空想好きなのかと思ってたんだけど……」  いじめられてたって聞いて、なるほど、控えめな性格は後天的に作られたものなんだな、って思った、と輝彦は言った。 「傷付いたんだろうな、って思ったら、大事にしたいって思うのは普通でしょ?」  そう言って笑う輝彦は、いつも以上に綺麗でキラキラしている。眩しいと思いつつも、輝彦はいつも幸人が嫌だと思うことは、すぐに止めてくれていた。一時期の幸人の周りでは、なかったことだ。  ああ、このひとは本当に自分を大事にしようとしてくれている、そう思えた。それなら、自分も何かで彼に返したい。  熱くなる顔を自覚しつつ、幸人は手を伸ばした。

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