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27 愛の大きさにも無反応

 指先だけ輝彦の指に触れると、驚いたような彼の顔があった。そして彼の言動より早く幸人の身体に糸が巻き付き、そして輝彦に力強く抱きしめられる。 「幸人……!」  しまった、と思った時にはもう遅かった。みんなが見てるから、と身体を押し返すも、輝彦の身体はビクともしない。 「お、落ち着け輝彦っ」 「好き。大好き幸人……!」 「分かった、分かったから離れろって!」  必死でもがくと、輝彦は名残惜しそうに離れてくれた。その顔は満足そうに笑っていて、いい顔してるんじゃないよ、と幸人は照れくさくなる。 「もう……やめろよ……」 「ごめん。止まらなくて……」  結局、公の場で抱きしめられたのがいたたまれなくなり、アトラクションの列から抜け出した。せっかく並んでいたのに、と幸人は肩を落としたけれど、輝彦は気にしていないのか、分かりやすくウズウズしている。彼は幸人の腕を掴んで引っ張り、観覧車に乗りたいと言ったので、言う通り男二人で観覧車に乗り込んだ。なるほど、体よく二人きりになれる空間だ。 「幸人……」  地上から中が見えない位置に来た途端、輝彦が抱きついてくる。彼の糸もめちゃくちゃに動いて顔を撫で回してきたので、愛でられている、と幸人は遠い目になった。彼の最初の爽やか青年のイメージは、もはやない。 「輝彦は、ベタベタするの好きだよな」 「そう! 自分でもびっくりだよ」  聞けば、クールなイメージを持たれていて、こんな風に甘える姿は、多分周りに受け入れられない、と彼は言う。 「特に朱里は。アイツすぐ拗ねるから」 「……ああ」  そう相槌を打ちながら、幸人は彼女とファミレスで話したことを思い出してしまった。  ──いま、彼女との会話を話したら、輝彦は聞いてくれるだろうか? これは自分と朱里の問題なのに、迷惑にはならないだろうか? そう考えてしまって躊躇う。 「幸人……」  グッと腰を引き寄せられ、後頭部を撫でられた。頬同士が触れる体勢に、幸人は固まる。 「……キスしたい」 「……っ」  切なげな声に肩を震わせると、輝彦は小さく笑う。初心な反応を楽しんでるな、と少し離れると、イタズラっぽい彼の笑顔があった。  けれど、その瞳は確かに好意以上の熱がこもっている。ドキリとして視線を逸らすと、輝彦の顔が近付いた。 「……」  幸人はグッと息を詰めて目を閉じると、額に柔らかいものが触れた。チュッという音を聞いてから、額にキスをされたんだと気付き、顔から火が出そうな程熱くなる。 「……かわいい」  吐息混じりの声がして、幸人は卒倒しそうだった。何だこれは? どうしてこんな展開に、と考えていると、輝彦の指が幸人の唇をなぞる。  幸人は思わずその手を掴んだ。 「だ、ダメだから……」  まだ自分たちは仮の恋人同士だ。幸人の気持ちも追いついていないし、流されるまま色々許してしまっては、お互いのためにならない。 「……ごめん」  輝彦は苦笑して離れていく。中途半端に彼を許したのがいけなかったかな、と幸人も反省した。でも幸人が拒否をしても、輝彦は幸人の気持ちを尊重してくれる。それは信じてもいいと思った。 「いや、……俺こそごめん。まだ色々追いついてなくて……」 「ああうん、理解してたはずなんだけどな。ほんとゴメン」  何にせよ、輝彦が強引じゃなくてよかったと思う。好きだからこそくっついていたいというのは、頭では理解しているつもりだから幸人も笑って終わりにした。  やっぱり話せない。話せない以上、輝彦と一緒にいるのはよくない気がする。でも、どうやったら彼を悲しませずに離れられるだろう? 適当なことを言ったら、それこそ輝彦は怒り、幸人を軽蔑するだろうからそれは嫌だ。かと言って本当のことは話せない。無限ループの堂々巡りだ。大体、話したとして自分はそのあとどうするつもりなのか?  いずれにせよ、遊園地で話す内容じゃない。そう思い直し、幸人は輝彦の腕を軽く叩いた。 「そろそろ降りるよ」 「うん」  輝彦はそう言うと、向かいのベンチに座る。名残惜しそうに彼の糸が幸人の腕に巻き付いてきたけれど、やっぱり幸人の糸は無反応だった。  それから、二人は遊園地に来たならこれに乗らなきゃ、とこの遊園地一番の売りの、ジェットコースターに乗る。こういうアトラクションに乗った記憶がないので、乗る前までは新鮮な気持ちでいたけれど、落ちる時の浮遊感が二度と味わいたくないほど怖かった。でも、こんな体験も輝彦と関わっているからできることと思うと、何だかくすぐったい。  しかし、その度に朱里や、中学高校の時の同級生に言われた言葉を思い出すのだ。そして、ひとの仲を壊しておきながら、自分だけ楽しむなんてと思ってしまう。気分が落ち込みそうになるので、周りの楽しそうなひとたちを眺めては、その思いを打ち消した。  一通り遊ぶと、少し疲れたのでフードコートでひと息つく。次に何に乗るかマップを見ながら相談していると、輝彦は幸人の顔を覗き込んできた。カラコンのせいで薄い虹彩をしている彼の目は、綺麗だなと素直に思う。 「幸人、楽しんでる?」 「え? ……うん」  幸人は不自然にならないように頷いた。楽しもうとする度朱里たちの声がするけれど、それよりも輝彦の顔を曇らせないことの方が重要だ。 「そう? 俺は人が多くて疲れちゃったよ」 「そっか。じゃあお土産見て早めに帰る?」  幸人の提案に輝彦は笑みを深くする。優しいね、と言われたので首を傾げると、いや、と輝彦は苦笑した。 「今まではさ、疲れたって言うと不機嫌になる子ばっかだったから」  それは、付き合う相手と合わなかったとしか言いようがない。幸人はなるほど、と言うにとどめ、もう少し休憩したら土産屋に行こう、と微笑んだ。  すると、輝彦の糸が分かりやすく喜んだようにブンブンと左右に揺れたのだ。輝彦もニコニコしているので、責められなかったことが嬉しいらしい。 「あー……やっぱり幸人好き」  そしてその顔でそんなことを言うので、幸人は顔が熱くなって黙るしかなかった。やはり素直な輝彦は眩しすぎる、と視線を逸らす。 「照れてる。かわいい」 「かわいくはないだろ……」 「かわいい。食べたい」  ストレートな言葉に幸人は顔が熱くなった。食べたいって、と両手で顔を隠すけれど、やっぱりこれだけ照れても幸人の糸はだらんと垂れたままだ。  このままでは輝彦を好きになる前に、自分が恥ずかしくて耐えられなくなるのが早いかも、と幸人は思った。

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