31 / 57
31 分からせキス
「幸人は、俺のこと好きなんだろ?」
ちゅっ、と輝彦の唇が幸人の頬に触れる。戸惑った幸人は少し身体を引くと、その分輝彦が迫ってきた。
「好き、……だよ?」
「なら、それを七海たちに言おうよ。そこからどうするかは、アイツらの判断だろ?」
そう言って輝彦はまた幸人の唇に吸い付く。どうしてこんな展開に、と狼狽えていると、また唇が触れた。
「そ、だけど……、ちょ……っと?」
会話の合間にされるキスは、触れて直ぐに離れる程度の軽いものだ。けれど唇にされては話せないし、距離が近すぎて心臓が爆発しそうになる。
「なにも、しな……じゃない、のかよっ」
「だって幸人、俺に嫌われたらどうしよう、朱里や七海に嫌われたらどうしようって考えてるだろ?」
「ん……っ」
ぐっと唇を押し付けられ、上を向かされる。そのまま下唇を食まれ、うなじの辺りがチリッとして慌てた。幸人のその反応に輝彦が気付かない訳がなく、「かわいい」と熱の籠った声で囁かれて、今度は脳みそが爆発しそうになった。
「俺が幸人のこと、嫌う隙がないくらい好きだってこと、どうしたら分かってくれる?」
それにね、と輝彦は続ける。
「幸人が思ってるほど、周りは幸人に厳しくないよ」
「んむ……っ」
逃げようと背けた顔を振り向かされ、しっかり唇を合わせられた。展開に頭が追いつかず、会話も頭に入ってこない。
「朱里たちのことを考える前に、まず自分が決めるの。分かる?」
どうしたら笑って過ごせるかは、そこから考えること、と輝彦は言ったような気がした。キスで返事もままならない中、幸人は小さく声を上げて抵抗する。
「だって……っ」
「分からないなら舌入れるよ?」
もう、ほぼ唇は幸人のとくっついたままだった。宣言通り唇を舐められ、ひく、と身体を引いた幸人の後頭部を、輝彦が押さえる。逃げることができなくなった幸人は追い詰められ、涙腺が崩壊した。
「だって気持ちが離れてしまったら、それが糸が解けるという形で分かるんだ! そんなの見たら俺は耐えられない!」
「俺は幸人を嫌いにならない」
「浮気も分かるんだぞ!?」
「浮気なんてしない」
唇を擦り合わせながら、輝彦は落ち着いた声で返してくれる。今まで結ばれることのなかった自分の糸が、どれだけこの時を待っていただろうか。ずっと、祥孝の後ろ姿ばかり見ていた。それが一番辛いことだったと、今になって自覚する。
「過去のこともあってすぐには信じられないかもしれないけど、俺は幸人をひと時も離したくないほど好きだよ。大好き」
ちゅっとリップ音を立てて離れた輝彦は、幸人の手を力強く握ってくれた。好きな子のことなら、何をしても大好き。以前彼が言った言葉が、彼の態度で本当のことだと教えてくれる。それが嬉しい。でもまだ、輝彦には世間から見てもお似合いのひとがいるんじゃないかとか、朱里や七海から、輝彦が絶交されたらどうしようとか、考えてしまう。
「い、いいのか……? こんな、なんの取り柄もない、しかも男だぞ!?」
「……もー、幸人かわいすぎる……!」
また唇を塞がれた。どうして今の発言からかわいいになるのだろう? 輝彦のツボが分からず、幸人は黙って輝彦のキスを硬直した身体で受け入れる。こちらはあれこれ考えてグルグルしているのに、彼はなぜそんなに余裕なのか。
「俺の周り、グイグイ来る奴らばっかだから、幸人みたいな奥ゆかしいひと新鮮」
ひとしきりキスをして満足したのか、輝彦はそう言って満面の笑みを見せた。幸人はこんな自己肯定感が低いだけの男を、奥ゆかしいと変換するのはおかしい、と思っていると「ほら、考えてないで話して」とまたキスをされる。
「奥ゆかしくは、ない。……自分が嫌いなだけ……」
「そっか。じゃあ幸人が自信持てるように、俺が頑張る」
一体何を頑張るのだろう、と幸人は疑問に思った。するとまた、輝彦に「言葉にして」と言われてしまった。どう言ったらいいのか分からず黙ってしまい、それが焦りに変わる。何か言わなきゃ、言葉にしないと輝彦に飽きられる、と。
「ごめん焦らせちゃったな。少しずつ、……単語でもいいから」
そう言ってまた唇を重ねられた。言って、聞かせて、と熱い吐息が唇や頬にかかり、幸人もかあっと顔が熱くなる。
「輝彦……」
「ん?」
「好き……」
「俺も」
そばにいたい。そう思って幸人は輝彦の手を握り返した。角度を変え、啄むような口付けに、うなじのチリチリが甘い痺れに変わっていく。
「は……」
吐いた息が思った以上に甘くて驚いた。何もしないと言っていた輝彦なのに、嘘つきだ、と彼を睨むと彼は笑う。
「やばいかわいい……睨まれてるのに変態かな俺?」
そしてまた顔が近付く。どうやらもう止める気はないらしく、唇を吸い上げる音が部屋に響いた。
「て、輝彦……っ」
「ん?」
さすがにこれ以上していたら、あとに引けなくなると思った幸人は、思い切って彼を避ける。顔も身体も熱くなっていることを自覚して、恥ずかしさに俯いた。
「なにも、しないって……」
「うん、キスだけ。……だめ?」
それは何もしないうちに入るのだろうか? そんな屁理屈を考えていると、また輝彦の顔が近付く。
「……っ、ふ……っ」
ちろ、と舌先で唇を撫でられ、それだけのことなのにゾクリとした。幸人の反応に輝彦は気分をよくしたのか、小さく笑う声がする。
「ほら、幸人はかわいい……」
「ん……」
やばい、と幸人は思う。意識が溶かされていき、抵抗する力も目を開ける力もない。半開きのままの唇は、自らは口付けをしないにも関わらず、吸われ、撫でられているだけで意識が落ちそうだ。
「て、る、……はあ……っ」
頭がふわふわして身体が揺れた。そのせいで幸人は輝彦を道連れにして、ベッドに倒れてしまう。
どうしてこんなことに。自分はキスどころか息をするのも精一杯で、輝彦と今すぐどうこうするつもりはないのに。手も足も動かせない。
上から輝彦が顔を覗いてくる。彼の顔は先程よりも少し余裕がないように見えた。
彼が唇を擦り合わせて尋ねてくる。
「もっとしていい……?」
「……っ」
吐息交じりの声は少し上擦っていて、幸人の肩を震わせた。両手をベッドに押さえつけられ、目を閉じてと囁かれて素直に目を閉じる。
ふわふわして思考が定まらない。このまま流されてはよくないと思うのに、輝彦の体温と口付けが気持ちよくて離せない。
すると、幸人のポケットでスマホが震えた。二人ともバイブレーションの音に驚き、動きが止まる。震え続けるスマホは、どうやら着信を知らせているようだ。
「……出なよ」
そう言って幸人の上から退いた輝彦は、そのまま部屋を出てトイレへ行ってしまった。
幸人は起き上がって大きく息を吐く。危ない、覚悟もしていないのに完全に流されるところだった。まだふわふわした意識でスマホを取り出すと、一気に現実に引き戻される人物が表示されている。
電話をかけてきたのは、祥孝だった。
ともだちにシェアしよう!