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32 邪魔者

「もしもし?」 「あ、幸人。明日また飲み会やろうってなったから、お前も来いよ」  幸人は緊張しながら電話に出ると、祥孝は開口一番そう言ってきた。こんな強引な言い方するひとだったか? と疑問に思いながら、居住まいを正して答える。 「また合コンみたいなやつ? 悪いけど……」 「えー? もう幸人も来るって言っちゃったんだよ。ひとり深刻に悩んでる子がいてさ、その子の相談に乗りたいんだ」  またどうして勝手に、という言葉を飲み込んで、幸人はそれでも行けない、と返す。 「祥孝、俺……好きなひとがいるんだ。そのひとと、付き合うことになった」  だからそういう場には行けない。そう言うと、祥孝の態度が一変した。 「は? 幸人が来なかったら俺の面目丸潰れじゃないか。お前は俺の友達じゃなかったのかよ?」  祥孝の冷たい声色と言葉に幸人の心臓が跳ね上がる。喧嘩した時の彼の言葉が蘇り、反射的にごめん、と謝った。 「相談するだけだぞ? それ終わったらすぐ帰るからっ」 「……最初からそう言えばいいんだよ」  じゃあ明日午後六時に駅前な、と祥孝は言って一方的に通話を切った。幸人はしばらくスマホを耳から外せずに呆然としてしまう。心臓が嫌な意味でドキドキして収まらない。  何だあのひとは。祥孝ってあんなひとだったっけ? と、今までの小さな違和感が一気に膨れ上がる。そしてすべてが繋がってしまった。  そうだ、あのひとはずっとああだった。陸上部のエースで、人気者で、常に周りにひとがいて……。でも故障してからひとが離れていくタイミングで加奈子と付き合い始めて、幸人とも仲直りした。 (それから? 俺の能力を周りには黙ってろと言った割には、俺に誰と誰が両想いか聞いてきて……)  幸人の手から力が抜けて、スマホを持ったままぽすん、とベッドの上に落ちた。 『アイツら、ようやく付き合い始めたんだ。俺の助言のおかげだな!』  そう言って笑った祥孝。当時はじれじれしていた二人を、その気にさせた祥孝はすごいと思っていた。自分じゃ上手い言葉が見つからず、また関係を拗らせてしまうかもしれないと思ったから。  けどそれは、幸人がいなければできなかったこと。  ぞくりとした。どうして今まで気付かなかったのだろう? 祥孝は自分の都合が悪い時には幸人を突き放して、必死で仲直りしてきたと思ったら幸人を利用しているのだ。幸人の相手を探してやると言って自分もその席にいて、恋人がいるのに浮気をしようとしている。  どうして今頃? 何で気付かなかった? と顔が熱くなり、肺の空気を全部吐き出した。自分が傷付くことを恐れて嫌なものを避けるあまり、祥孝の嫌な部分も見て見ぬふりをしていたのかもしれない、と思うと、情けなくて涙が浮かぶ。  そして、言わなきゃ、と思うのだ。  もう、恋愛相談には乗らないと。  長年一緒に過ごしてきて、彼と一緒にいるのが当たり前で、いいところも悪いところも見てきたはずなのに。本当に、最近になって彼への違和感が出てきたのだ。それは間違いなく輝彦と出逢ってから。  祥孝しかいらないと思っていた幸人の世界に、輝彦が入ってきたからだ。  ──輝彦が、幸人を変えたのだ。 「……うわ……」  顔が熱くなった。何の違和感もなく、幸人の心の中に入り込んで、本人も気付かないまま幸人の隣を陣取っている。自分の糸を見てから彼が好きなんだと自覚したくらい、柔らかく、優しく踏み込んできた。 「自分にも、鈍感だったんだなぁ……」  それは祥孝への気持ちに蓋をするのと同時に、自分が感じたもの、伝えたいことにも蓋をしていたということ。 『まずは幸人が決めるの。どうしたら笑って過ごせるかは、そこから考えること』  先程輝彦に言われた言葉が思い浮かんだ。不思議なことに、祥孝との関係をちゃんと考えようとした途端、彼のこの言葉がストンと胸に落ちたのだ。そして一緒にいたいのは祥孝ではなく、輝彦なのだと確信する。 (輝彦……トイレから戻って来ないな……)  人生で初めてあんなにキスをした、と輝彦の唇の感触を思い出しかけて頭を振った。多分、輝彦も同じように頭を冷やしているのだろう。今回は自分が精一杯で、何もできずに固まっていただけだけれど、次のチャンスがあるなら幸人も応えたい。  幸人は立ち上がると、声をかけながらトイレのドア前に行く。 「輝彦、……大丈夫か?」 「うん。ごめんすぐ出るから待ってて」  いつも通りの輝彦の声にホッとして、分かった、と部屋に戻った。今更ながら衣類が少し減った部屋は開放感が増していて、それはそのまま輝彦の心を映しているのかもしれない、なんて思う。 「電話、誰からだった?」  よかった、いつも通りだ、と幸人はホッとして、隣に座った輝彦に向き直る。ちゃんと話をしなきゃ、という意志を感じたのか、輝彦も背筋を伸ばした。 「……祥孝。また合コンに誘われた」 「は? 幸人、嫌だって言ってたよな?」  案の定眉根を寄せた輝彦に、幸人はこくりと頷く。 「断ったよ。けど、俺が行かないと祥孝の面目丸潰れだって言われて……」 「アイツ……!」  グッと拳を握った輝彦。幸人はその手を握ると、彼は驚いたような顔をした。大丈夫、もう自分は祥孝に利用されない。決別しなきゃ、と幸人は腹をくくる。 「会って、話してくる。……俺、利用されてるのも見て見ぬふりしてた。祥孝……アイツが好きだったから、嫌われないようにって言うこと聞いてた」 「幸人……」 「輝彦が俺と出逢って変わったと言うなら、俺も変わりたい。祥孝を過去の人にするために」  まずは自分が決める。今まではそうしたらひとが離れていくんじゃないかと思っていたけれど、今なら大丈夫。輝彦がいてくれる。これだけ心強いひとがいるだろうか。 「……俺も行こうか?」  多分輝彦は心配なのだろう。そんなことを言ってくれる。でも、これは自分の問題だ、そこまで甘えてはいけないと思う。 「ううん、大丈夫。……緊張するけど」 「そっか。でも、ああいう奴は何するか分からないから」  会う時間と場所を教えて欲しいという彼に、幸人は正直に答えた。輝彦の祥孝に対する信用度はないらしい。 「俺、伊達に友達多くないよ? 自分が注目されてないと気が済まない奴は、逆らう奴には容赦ない」  そういう奴っているよ。幸人もターゲットだったろ、と言われてドキリとした。思い返せば、絶交したなら関心もなくなり、放っておけとなりそうなのに、嘘つきだ何だと周りに吹聴していたのは祥孝だ。幸人へのいじめのキッカケになったのは、紛れもなく彼だった。そしてやはり、幸人の能力を利用するために仲直りしたのだと思う。 「でも、幸人がそう決めたなら応援する」  頑張れ、と拳を出される。彼は本当に自分のことを考えてくれてるんだな、と幸人は嬉しくて泣きそうになり、俯いて拳を合わせた。

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