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35 輝彦のツボ

 結局二人とも無言のまま、輝彦の家に着いた。家の鍵を開ける時になってようやく、彼は幸人の腕を離す。  中に入ると当然ながら部屋は暗く、明かりを点けた輝彦は振り返りざまに幸人を抱きしめてくれた。 「幸人、よく言えたね」 「……っ」  えらいえらい、と頭を撫でられて、子供のように扱われたのにも関わらず泣けてしまった。自分からも輝彦の背中に腕を回すと、我慢していた溢れてきたものを吐き出す。 「俺……っ、自分が情けなくて……!」 「うん……」 「どうしてあんなのがいいと思ってたんだろうとか、本当に利用価値以外のものはなかったんだなとか、……そう思ったら悔しくて……!」 「それもそうだよ。幸人は怒って当然だ……」  輝彦は全部受け入れてくれる。そう思ったら嬉しくてまた泣けてしまった。ああいう奴は最初は優しいんだよ、と言われて、幸人は堪らず輝彦に回した腕に力を込める。小さく呻いた彼だったけれど、嬉しかったのか小声で笑った。  最初から、ずっと好意を示してくれていた輝彦。嫌なことはせず、全部受け入れてくれた彼だから、余計に祥孝のことは残念に思えた。 「他人の好意が赤い糸で見えること、黙っててごめん……こんな俺でも、好きになってくれてありがとう。それから……」  幸人はここに来たら言おうと思っていたことを、矢継ぎ早に言う。顔を上げると、優しい瞳がこちらを見下ろしていた。 「輝彦が好き。祥孝と比較して気付くなんて自分でもアレだけど」 「……うん……!」  ぎゅう、と強く抱きしめられる。その前に輝彦が一瞬泣きそうな顔をしたことに、気付いたけれど黙っておこうと幸人は思う。 「……かわいい……、幸人、好き……」 「……っ、だから、かわいくは、ないって……」  耳に直接囁かれ、幸人は肩を竦めた。すると輝彦は、わざとらしく耳元でくすくすと笑う。 「ち、ちょっと……!」  輝彦は抱きしめながら幸人の頭を抱え、耳に唇を当ててきた。くすぐったさに身をよじる幸人を、輝彦は楽しそうに抱きしめる。でも、おかげで涙は引っ込んだ。やっぱり輝彦は名前の通り、周りを照らす力があるのかもしれない。 「幸人、敏感だよね」  そう言われて幸人はかあっと顔が熱くなる。そういうからかいは以前に嫌だと伝えたはずなのに、と輝彦の胸を押すと、それ以上の力でまた抱き寄せられた。少し速い彼の心臓の音が聞こえて、こちらまでドキドキしてしまう。 「ごめん。からかってる訳じゃなくて、幸人に触れたいんだ」 「……触ってるじゃないか」  幸人は輝彦を睨む。バツが悪そうに笑った輝彦は、そうだね、と幸人の目尻を指で拭った。  さすがに、触れたいと言う彼の言葉の意味を、そのまま受け取るほど幸人も子供じゃない。ただ、改めて言われると恥ずかしいし、綺麗な顔の輝彦に言われたらなおさら、とてつもない破壊力で幸人の心臓を止めるだろう。 「じゃあキスならいい?」 「じゃあ、の意味が分からないんだけ……」  幸人の言葉が途中でくぐもった。柔らかい輝彦の唇が幸人の下唇に吸い付き、少し引っ張られてちゅぽん、と離れる。 「……かわいい」  昨日と同じように唇を合わせて囁かれた。けれど昨日と違うのは、輝彦は指で幸人の頬をくすぐるように撫で、嬉しそうに口付けをしているところだ。 「輝彦……」  唇が離れた隙に彼を呼ぶと、甘い声で返事をしてくれる。幸人はその声が好きだと思った。こんな些細なことでも、好きなひとが相手なら幸せになれるんだな、と何だかおかしくなる。 「幸人?」  笑い始めた幸人を、輝彦が不思議そうに見下ろしてきた。幸人は笑いながら答える。 「いや、今までは一生懸命幸せそうなひとを探して、幸せをお裾分けしてもらってたんだけど」  自分が輝彦といることでこんなにも満たされた気分になるのは、自分と向き合い自分の意思で彼といる、と決めたからじゃないか、なんて思う。 「なんか……輝彦の顔見てるだけで嫌なこと全部吹き飛んじゃうって、輝彦はすごいなって思った」 「──幸人……!」 「ぅわ……っ」  いきなりまた抱きつかれ……というか飛びつかれた幸人は、後ろにあったベッドに倒れ込んでしまった。また輝彦の萌えポイントを押さえてしまったらしい、と輝彦の下から逃げようとする。 「なにこれ天使!? 幸人は天使なの!?」  かわいい、かわいいと騒ぎながら、ぎゅうぎゅうと輝彦は抱きしめてくる。逃げられない、と諦めた瞬間、幸人は慌ててしまった。なぜなら輝彦の脚の間にあるものが、心なしか形を保っているように感じたからだ。 「へぁっ? 輝彦……っ?」  ベッドの上という場所を意識して、変な声を上げてしまった幸人。すると輝彦はごめん、と苦笑しながら腰を上げた。けれど押し倒されたままの体勢は変わらず、じっと見つめてくる彼の顔を見つめ返してしまう。 (やっぱり、綺麗な顔してるんだよなぁ……)  そんなことを今更ながら思っていると、輝彦の指が幸人の唇に触れた。先程からの彼の触れ方は性的なニュアンスを含むものばかりだ。もしかして、ひょっとして、多分おそらく、彼は昨日のキスみたいなことをしたいのだろうか。 「……っ、うぁ!」  そんなことを考えていたら唐突に脇腹を撫でられ、またしても変な声を上げてしまう。恥ずかしさに口を塞いで輝彦を睨むと、彼は楽しそうに笑っていた。 「……やめろよ」 「ごめん……」  しかし彼は謝ったものの悪びれた様子はなく、そのまま動かず幸人を見つめている。これは自分がどうしたいか言わないとこのままなのかな、なんて思って、幸人は片手を伸ばして彼の唇に触れた。  柔らかいそこは指で押されてたわむ。そのまま指でなぞると、その綺麗な唇がまた笑った。 「幸人、何してるの?」 「え? 何って……柔らかいなぁって……」 「そう……。昨日のキス、気持ちよかった?」 「う、……気持ちよかった、のか? したことなかったから……よく分かんない」  幸人は正直に言うと、輝彦はまた分かりやすく悶える。どうしてそこで悶えるのかさっぱり分からないけれど、嬉しそうならいいか、と思うことにする。 「じゃ、またしていい? ってか、したい」 「あっ、いやっ、でも俺、輝彦を満足させられるか……」 「……くぅっ!」  輝彦がしたいというなら拒否はしないけれど、なんせ自分は昨日が初めてのキスだ。それも微動だにせずされるがままだったので、輝彦を喜ばせることができるとは思えない。  しかし幸人の発言に、輝彦はまたしても悶えている。一体どうしたんだろうと顔を覗き込むと、口元を押さえた輝彦は視線を逸らした。 「……や、幸人が慣れててめちゃくちゃ上手だったら怖いけど。……うん、大丈夫。幸人は何もしなくていいから」 「……うん」  返事が掠れる。両手を輝彦に指を絡めて握られ、幸人は彼の唇を受け入れた。

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