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38 愛のかたち
「ほんとに帰るの?」
あれから、気が済むまで輝彦に抱きついていた幸人だったけれど、このままじゃダメだ、と自分を奮い立たせ、家に帰ることにした。
泊まっていけ、もっといたいと言う輝彦の言葉に甘えたい気持ちももちろんあった。けれど、ある懸念が出てきてそれを確認したくなったのだ。
「……うん、泊まりはまた今度な。ちょっと確認したいことがあって」
そう言うと、彼は「幸人の彼シャツ見たかった……」としょんぼりしていた。不覚にも幸人はそんな輝彦にキュンとしてしまう。別れるのは正直後ろ髪を引かれたけれど、またすぐに会えるから、とキスをしたら、輝彦は悶えながらガッツポーズをしていた。
彼の家を出て自宅へ向かう。確認したいこととは、両親の祥孝への心象だ。電車に乗って家に帰り着くと、両親はリビングで仲良くソファーに座ってテレビを見ていた。
「ただいま」
「おかえり幸人」
挨拶を返してくれたのは母だ。父も機嫌が良さそうに幸人を視線で迎え、またテレビに視線を戻す。
一時期祥孝と絶交していた頃、幸人は祥孝のことを両親には話さなかった。けれど気付いていたのかもしれないと思ったのは、祥孝以外の友達ができたと知った時の、母の反応だ。
当時の自分は、かなり口数が減ったと思う。祥孝と喧嘩する前も友達は彼しかいなかったから、両親は相当心配したんじゃないか、と思ったのだ。
わざわざ祥孝と決別した、とは言わなくてもいいかもしれない。けれど当時、何も言わずに見守っていてくれたことへの感謝は伝えたい。そう思ったのだ。
「父さん、母さん、……話があるんだけど」
「なーに、改まって。大事な話?」
母の言葉に幸人は頷くと、父はテレビを消してくれた。心臓が跳ね上がって一気に緊張したけれど、幸人は二人が座るソファーのそばに座る。
「ありがとう。……で、話っていうのは祥孝のことなんだ」
「祥孝くん?」
祥孝は幼なじみで家も近いから、両親に今日のことが知られているかもと思ったけれど、それは杞憂だったようだ。母は首を傾げている。
幸人はこっそり深呼吸をした。ずっと、今も変わらず仲良くしている両親。二人がいつも通り強い絆で結ばれているのを視覚で見ることができて、幸人はよかったと思う。
「実は、中学から高校と、祥孝と絶交してた時期があって」
「……うん」
頷いた母の反応でやっぱりな、と思った。普段は賑やかな母が、驚きもせずに頷いただけだったからだ。
「その、……すごく心配かけたと思う。ごめん。あと、見守っていてくれてありがとう」
幸人がそう言うと、両親は顔を見合わせた。そして母は苦笑する。
「あの時はね、学校から連絡があったの。しかもどうやら首謀者は祥孝くんらしいって。だから、幸人が助けを求めてきたら絶対味方になろうってお父さんとは話した」
けれど、幸人は助けを求めるどころか、まったく話さなかった。明らかに何かあったと思われるのに、聞き出そうとしても、笑って何もないよと言われたそうだ。両親としてはやきもきしただろうけれど、見守っていてくれたんだと嬉しくなる。
「幸人から祥孝くんの話をまた聞けるようになった時、あなたは祥孝くんと遊んでも、何をしたかは話さなくなったわね。まだひとりで何か抱えてるんじゃないかって、ずっと心配だった」
困り顔で話す母に、幸人はフーッと息を吐く。大体見透かされていたのは予想の範疇だ。だったらもう、きちんと話した方がいい、と顔を上げる。
ひとの好意が赤い糸で見える能力。それがあるために「こうありたい」が「こうならなきゃ」にすり変わっていた節もある。幸人を信じて話すのを待っていてくれた両親に、きちんと向き合わなければ、と口を開いた。
「祥孝と仲直りしたあとは、アイツに赤い糸が見えることを利用されてたんだ。……俺自身、全然気付いてなかったけど」
母が息を飲んだようだ。一度父を見て、先を促すように幸人を見る。
「幸せなひとが増えるならいいや、と思ってた。祥孝にいきなり呼び出されても、俺は彼を傷付けたし、その罪を償うつもりで……」
その罪悪感こそ、祥孝に利用された最大の原因だったのだ。今思えば、祥孝が泣いて謝ってきたのも、幸人に罪悪感を植え付けるためだったのではないか。もう、確かめる術はないし確かめようとも思わないけれど。
「俺の一番身近なカップルは母さんたちで、そんなふうにみんながなれるなら、この能力も役に立てると思ってた」
母さん、父さんは、俺の憧れのカップルだった、と言うと、彼らは照れたように微笑む。でも、だからこそ自分の罪悪感は薄まるどころか濃くなっていった。どう足掻いても、自分は両親のような理想の夫婦にはなれない、と。
「けど、……ごめん。俺は母さんたちのような、仲がいい夫婦にはなれないって気付いて……」
目頭が熱くなる。両親を失望させてしまうんじゃないか、と今更ながら怖くなり、俯いて膝の上で拳を握った。
「幸人……話してみて?」
どう切り出そうか迷っていると、母が促してくれた。信じていてくれる、そう感じたら思わず涙が零れそうになる。
「俺、祥孝のこと好きだった。それに気付かせてくれたのは、輝彦っていう新しい友達で……」
傷付くのが怖くなっていた自分を、優しく諭して行動するように言ってくれたひと。何があっても、幸人の味方だと信じられるひと。
「その輝彦とお付き合いすることになった。……俺、多分女性は好きになれないんだ」
ごめん、ともう一度幸人は謝り頭を下げる。でも、理想で憧れのカップルである両親だからこそ、輝彦との関係を認めて欲しかった。
「……そう」
母がそう言ったきり、沈黙がおりる。そろそろと顔を上げて両親を見ると、母は目を伏せた。その表情から、少なからずショックだったらしいと気付く。
「幸人」
それまで黙っていた父が、膝に肘をついて前のめりに体勢を変える。その目は、真剣そのものだ。
「ちゃんと幸人の赤い糸は結ばれているんだな?」
そう言われて、幸人は自分の右手の小指を見た。輝彦と離れているにも関わらず、腕に数回糸が巻きついていて、その先はちゃんと結ばれている。彼の想いの強さについ笑ってしまった。
「……うん」
笑顔で答えると、母は泣き出してしまう。その母の背中を、父が宥めるように撫でた。
「幸人の笑顔なんて、久しぶりなのに……!」
「母さん、幸人は今、幸せなんだよ。見守ってやろう? 味方になるって僕たちも決めたじゃないか」
やはり母としては複雑な心境だったらしい。父に、母さんは僕に任せなさい、と言われ、リビングを出るよう促される。
『話した上で、どうするかは相手が決めること』
つい最近言われた輝彦の言葉が蘇って、その通りだなと幸人はリビングをあとにした。
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