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39 輝彦の好きなところ
幸人は自室に入ってベッドに倒れ込む。手に持ったスマホを見ると、そこで初めて、メッセージが届いていることに気付いた。
『帰ったら、連絡ちょうだい』
送られてきた時刻は輝彦と別れて数分後で、どれだけ彼は幸人といたいのだろう、と笑ってしまう。でも、幸人も同じくすぐに会いたいと思っていた。輝彦のあの優しい目を見ていたいし、その長い腕で抱きしめて欲しい。
「……やめやめ」
ついでに恥ずかしい記憶まで思い出しそうになって、幸人は頭を振った。人生で初めて、他人にいかされてしまったのだ、詳細まで思い出したら止まらなくなる。
幸人はスマホを操作して、輝彦に電話をかけた。コール音の代わりに音楽が流れる設定のようだ、輝彦らしいな、と笑みが零れる。しかしすぐにそれは途切れ、恋人の声がした。
「あ、輝彦? ごめん、今メッセージに気付いた」
幸人は帰ってすぐ、祥孝とのことと、自分の性指向のこと、輝彦のことを両親に話したと言うと、彼は驚いたような声を上げる。
『幸人、大丈夫だったか? いきなりカミングアウトなんて……それなら俺もそっちに行ったのに』
「……大丈夫」
来てくれたなら心強いことこの上ないけれど、そこまで甘えていられない。少しずつ自分も周りとの付き合いを変えていこうと思えたのは、他でもない輝彦のおかげだ。
『幸人』
輝彦の声のトーンが柔らかくなった。
『……無理してない?』
「……っ」
どうして分かったんだろう、と幸人は息を詰める。そして同時に、敵わないな、とも。
「母さんが、……輝彦とのことを話したらショック受けたみたいで……」
父は味方だと言ってはくれたものの、母は幸人の告白を受け入れるのは難しそうにみえた。考え方には色々あるし、受け入れろとはもちろん言わない。けれど、一番認めて欲しかったひとに認めてもらえなかったことは、幸人にとって大きなショックだった。
『……そっか。それはしんどいな……』
心配してくれる輝彦の優しさが、温かくて目頭が熱くなる。やっぱり、話したのは間違いだったのかと思うと、自宅に帰らず輝彦の家に泊まった方がよかったのかもしれない、なんて後悔してしまった。
『でも、すごいな幸人は』
「え……?」
輝彦の意外な言葉に聞き返すと、彼は「すごいじゃん」とまた言ってくれた。
『俺の母さんはそれ以前の問題だからさ。……ほら、モデルのバイトはやりたくないっていうのも聞かなかったろ?』
「……ああ」
そういえば、輝彦の母親は輝彦の訴えを聞こうともしなかった。人間関係にまで口を出していたから、ずいぶん窮屈な思いをしたのだろう。そう思うと、自由にさせてもらっていた幸人はまだマシなのかもしれない。
『こうしたいって自分で言えたんだ。相手を口撃することなく言えるのは大事なことだよ』
「そ、そうなのか……?」
そうだよ、と輝彦は言う。そういうところも好きだよ、と言われ幸人は赤面するけれど、通話なので彼にはバレないだろう。
外見からは浮ついた雰囲気しかない輝彦だけれど、想像以上に落ち着いてものを考えている。出逢った頃はどうして自分なんかを、と思っていたけれど、それは輝彦も苦しい思いをしていたからだ。幸人は輝彦が、きちんとひとの痛みが分かるひとだと知っている。そして幸人は、彼のキラキラした外見と内面の繊細さのギャップに、ときめいてさえいるのだ。
『少なくとも、幸人は相手と言い合いになりたくないって思って話してるだろ?』
「うん、まぁ……」
輝彦の周りには、彼の母親をはじめ、我を通そうとして強く言うひとが多かったと彼は言う。朱里がいい例だったと輝彦は笑っていた。
『だから、幸人が朱里に何か言われたって聞いた時、幸人がアイツを庇ってるのは感じてたよ』
それがさらに幸人への好感度を上げたと言うから、幸人は照れるしかない。どこまでも優しいひとだな、いいな、という気持ちがどんどん膨らんでいっている、と輝彦は嬉しそうな声音で言う。
好きなひとが自分を想って嬉しそうにしているのを見ると、自分まで嬉しくなるんだ、と幸人は思う。祥孝が笑った時には嬉しくなるというより、ホッとする方が感情的には近いと思ったからだ。いかに自分が祥孝に固執し、また逆に縛られていたのか思い知らされる。
そしてまた、祥孝と輝彦を比較してしまう自分に呆れるのだ。
「朱里さんは……女の子だし」
『だからって、アイツが幸人を口撃していい理由にはならないよね』
幸人は言葉に詰まる。優しすぎるのも問題だよ、と輝彦は苦笑したようだ。
『幸人、……幸人は傷付けられて当然みたいな節あるから、それは直した方がいいと思う』
仕方がないことだけどさ、と輝彦の声は柔らかい。
「何か……祥孝とは全然違うこと言うから変な感じ……」
『当たり前だろー? あんなのと一緒にすんなよ』
明るく言う輝彦に、幸人は慰められてるなぁ、と感じて笑う。本当に、祥孝といた時より笑う頻度が上がったなと思う。
「輝彦」
本当に、心からの感謝を伝えたい、と幸人は恋人の名前を呼んだ。
「……ありがとう」
『……』
しかし返ってきたのは沈黙だ。今まで楽しそうに話していたのに、何か余計なことを言ったかな、と思っていると、スマホから微かに呻く声がする。
「どうした? 具合でも悪くなったか?」
『うん……幸人のせいだ……』
弱々しい彼の声に幸人は狼狽えた。やはり自分が無意識のうちに何かしてしまったらしい。
『だめだ……もう死ぬ……』
「えっ? ちょっと待てっ」
『幸人がかわいすぎて尊死する……』
何これ何でそんなにかわいいの、と輝彦はブツブツ言っている。
女の子といる時は明るく爽やかでキラキラしている輝彦が、平々凡々な自分にかわいいとか。何だそれ、と幸人は拍子抜けした。
『ああもう、早く会いたい。春休み中はできる限り一緒にいたいっ』
そう言う輝彦に、幸人は笑う。俺も会いたいよ、と言ったら、輝彦はまたスマホの向こうで悶えていた。
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