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41 本音は

「おっす幸人、来たよー!」  部屋に入ってくるなり元気に挨拶したのは七海だ。しかし彼女の雰囲気はガラリと変わり、ギャルの要素が全くなくなっている。 「え? 七海さん? え……?」  七海は明るかった髪色を黒くしていて、上下薄ピンクのジャージを着ていた。それも、今からランニングします、とでも言いそうなスポーティーな格好だ。メイクも濃くなく、ナチュラルメイクになっている。 「あはは! ウチのことは呼び捨てでって言ったじゃん! やっぱ幸人の反応新鮮でかわいいな!」 「待て、幸人は俺のだぞ七海」  幸人の反応を見て笑った七海に、輝彦が何か言っている。そして輝彦はそのまま幸人の隣に来て、二人きりの時のように腰を抱いた。 「え、ちょ、輝彦……っ」 「はいはいご馳走様〜」  人前でも構わずいちゃつこうとする輝彦に、幸人は身を捩る。そして対面に座った七海の隣に来たのは、暗い顔をした朱里だった。朱里は最後に見た時と雰囲気は変わらず、ギャル系ファッションに身を包んでいる。  大人しく七海の隣に座った朱里は、七海に思い切り背中を叩かれた。 「い……って!」 「何黙ってんの。幸人に言いたいことあるんでしょ?」 「分かってるよ! 今から言うとこだったし!」  少し乱暴に七海に促された朱里はそう言うと、そこに正座をする。思わず幸人も正座をすると、なぜか輝彦と七海も正座をし始めた。  朱里は深々と頭を下げる。 「ごめん! あたし、自分のことばっかで幸人や輝彦のこと、全然考えてなかった!」 「……え?」  てっきり輝彦と別れてくれ、と言われると思っていた幸人は、思わず聞き返した。そして一気に混乱する。確か朱里は、輝彦のことが好きだったはずじゃなかったか、と。そっと彼女の赤い糸を見ると、やはり糸の先は輝彦の方へ向かっている。輝彦のことが好きなのに、幸人に謝るとはどういうことだろう、と本気で分からなかった。 「え? って何? ひとがせっかく謝ってんのに」 「いやだって、朱里さんに言われたことはその通りだし……」 「いやまあそうだけど! 自分が言われたらどんな気分だって、輝彦と七海に言われたらさあ!」  どうやら朱里は輝彦と七海に諭されたらしい。子供じみた独占欲と嫉妬心で、幸人を弾き出そうとしたのは、みっともないことだと。 「あと、自分の好みを押し付けるのもよくないって……」  なるほど、と幸人は思った。だから今日の七海の格好は、自分の好きなファッションなんだな、と。ひとは好みも変化する。もちろん、それは悪いことじゃない。それを受け入れることができた朱里はひとつ成長したようだ。 「あたしバカだからさ……言われないと分かんないとこあるんだよ……だから二人に甘えてた」  輝彦と七海は、幸人が仲間に入ったことで、自分と周りの関係を見つめ直すキッカケになったらしい。自分にそんな大層な力があるとは思えない、と思っていると、輝彦は目を細めて笑った。 「人の幸せばっか見てる幸人に、幸せになって欲しいなーって思ったの」  そう言う輝彦は幸人の頭を撫でる。  でもそうなると、輝彦は自分の性指向に、七海は好きなファッションに向き合わなければならなくなったという。輝彦は話に聞いていたけれど、七海にも影響があったとは意外だ。  七海が口を開く。 「輝彦が幸人と会ってちょっと変わったからさ。笑顔も増えたしこれがホントの輝彦かーって思って」  そうしたら、自分は本当にギャル系ファッションが好きなのか、と思ったらしい。朱里に合わせているところが大きかったと七海は言ったが、朱里は口を尖らせる。 「そんなん、強要した覚えないし」 「でもあんた、あれはダサいだの散々文句言ってたじゃん」 「人のせいにすんのー?」  案の定反論した朱里に、違うって、と七海は笑う。 「朱里に合わせなくても、朱里は怒らないよなって気付いたの。アンタ、最終的には好きにすればってなるじゃん?」  七海の言葉を聞いて、幸人は思い出した。以前朱里は、輝彦はあたしの言うことを聞いていた、と言っていた。もちろん朱里の希望が大部分を占めていただろうけれど、ちゃんと断れば時間はかかれど朱里は折れたのかもしれない。 「ただ、そこに至るまでがめんどくさくて」 「めんどくさい言うなし!」  いつしかそれが、朱里に合わせるだけの付き合いになってた、と七海は言った。 「でも腹割って話そうって。輝彦が本音を話してくれたなら、ウチもそれに向き合わなきゃ失礼じゃん?」 「七海、あんたの話長すぎ」  早くも飽きてきたらしい朱里が茶々を入れると、七海は彼女の背中を叩いた。 「だから、ウチは今まで通りこの四人でつるみたい。輝彦も朱里も、もちろん幸人も好きだから」  一気に話したかと思えば、七海は手で仰いで「あー、恥ずい」と照れている。そして、次はアンタの番、と朱里の背中をまた叩いた。意外と暴力的だ。 「あー……もちろんあたしもみんな大事だよ? 深く考えるの苦手だけどさ、幸人を傷付けたことくらいは分かるし」  いまいち反省が見えない朱里だが、先ほど本気の「ごめんなさい」を言ってもらったので、幸人は笑う。 「大丈夫だよ。……そういうの、慣れてるし」 「慣れんじゃねぇ!」  朱里が叫んだ。 「あたしは確かに鈍いけどさ! ダチが傷付いていても気付かないのと、あえて傷付けて知らないフリするのは全ッ然違うから!」 「う、うん……?」  朱里の言葉に幸人は首を傾げていると、輝彦が手助けしてくれる。 「要は、前者は俺たちで、後者は幸人ってことだ」 「つ、つまり! あたしも四人で遊びたいってこと!」  輝彦の補足で何となく分かったけれど、朱里は知らず知らずのうちに輝彦と七海を傷付けていて、それも反省していると言うことだろうか。そして四人でということは、幸人も仲間に入っているらしい。 「俺、ここにいていいのか?」 「いいよ。むしろいてくれ」  輝彦はそう言って、幸人の腰に回した腕に力を込めた。祥孝なら、俺がいなきゃ友達もいないもんな、とでも言いそう、と思って視線を下げる。 「でも幸人、ちゃんと幸人がどうしたいか聞かせて? 俺もこの四人でいる時が好き」  幸人は? と聞かれて目頭が熱くなった。自分の意思を尊重してくれる、初めての友達。そして隣にいるのは優しくてかっこいい恋人だ。この関係を、どうして手放すことができるだろう?  嬉しかった。自分には手に入れられないものだと思っていたから。 「……うん。俺もこの四人でいる時が楽しい」  これからもよろしくお願いします、と幸人は涙目で頭を下げた。

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