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42 呆れて諦められる

 話がひと段落ついたところで、四人で鍋の準備を始める。といっても、1Kのキッチンは狭く、幸人と輝彦は早々にそこから追い出された。あとは任せてと言う朱里と七海に、幸人たちは言葉に甘えて部屋に戻る。手持ち無沙汰になってしまったので、幸人は仕方なく買ってきた紙コップや紙皿を出していると、不意に頬に柔らかいものが当たった。 「ちょっと……っ」  それが輝彦の唇だと分かり、幸人は身を引く。すると満面の笑みの輝彦が、幸人から紙皿を奪った。 「幸人、隙だらけ」  そう言ってローテーブルに紙皿を並べる輝彦。しかし彼の赤い糸は、幸人の糸としっかりと結ばれながらも、先の方で幸人の頬や唇をくすぐってくる。どうやらめちゃくちゃ愛でたいらしい。 「……やめろよ?」 「……何もしてないよ?」  人前で必要以上にいちゃつかないで欲しいと釘を刺すと、輝彦は爽やかな顔で笑うのだ。  誤魔化したな、と幸人は輝彦をジロリと見る。 「何もしてなくても。輝彦の糸が俺のほっぺとか唇とか撫でてくるから、何を考えてるのかは大体分かる」 「……うわぁ、そこまで分かるんだ」  あくまでも糸の動きから幸人が推測しているだけだ。それに輝彦以外の赤い糸はそんなに動かないから、自分の予想は大きくは外れていないと思っていたけれど。 「もしかして、最初からダダ漏れ……?」 「う、……まあ、……割と」  幸人の推測が、当たっていたと証明された瞬間だった。 (糸で下半身を撫でられたこともあるけど……それは言わないでおこう)  恥ずかしい、と顔を両手で覆う輝彦。でもすぐにその手を外すと、笑う。 「気付いてたのに黙っててごめんって幸人が言ったのは、そういう所かぁ。……やっぱ優しいね、幸人は」  そう言って頭を撫でる輝彦は上機嫌だ。幸人はやはり輝彦のツボが分からず、首を捻るばかり。そんな幸人に、彼は抱きついてきた。 「俺の好意、知ってて知らないフリしてくれてたんでしょ?」 「だって告白もされてないのに『俺のこと好きだろ』なんて言ったら、ただの自意識過剰人間じゃないか……」 「あはは、幸人かわいー」  笑いながらぎゅうぎゅう抱きしめてくる輝彦に、幸人はやはり戸惑うばかりだ。あんな爽やかな顔をしておきながら、幸人に対して強い感情を持っているなんて、この能力がなければ知らないままだっただろう。 「こらー、お前らイチャつき過ぎー」  そこへ、切った食材をボウルに入れて持ってきた七海が呆れたような顔で戻ってくる。幸人は慌てて輝彦から離れようとするけれど、なぜか一ミリも動かない。 「輝彦、あんた顔に似合わず溺愛系なんだな」  萎えるわー、と朱里も言っている。 「しかもよく見たら輝彦、映画のDVD大量にあるし」  ダサい、ありえない、と口を尖らせる朱里に、苦笑して「その辺にしときな」と言ったのは七海だ。 「幸人に初めて会った時、ホントは誘ったの輝彦だったんだね。幸人は庇ったわけだ?」 「えっ、いや、そういう訳じゃ……」  確かその時は、映画を観ていた輝彦が否定されて、ダサいと言われていたので自分が誘ったことにしたのだ。今思えば、ダサいと言っていたのは朱里だったな、と思い出す。朱里は「そうだっけ?」と言っているし、本当に七海は人を見ていてよく覚えているし、朱里は直感でものを言うタイプなんだな、と実感した。 「朱里も。何も考えずに喋るから、輝彦が困ってたじゃん、反省しな」 「はーい」  七海にそう言われても、朱里の返事は軽い。しかし、吹っ切れたような七海の表情には、清々しささえあった。大切だからこそ、嫌なこと、大事なことはちゃんと言う。それは幸人以外の三人に共通して持ってる意識だ。 (俺も、ちゃんと伝えられるようになりたいな)  人の幸せを願うフリをして、自分が傷付かないように守っていた自分。祥孝に「嫌だ」と言えなかった自分を変えたい、強くそう思う。 「さ、鍋やろ。シメはうどんね。それ以外は認めないから」  安くて美味くて最高なうどん、と七海はウキウキして、カセットコンロに火をつけた。 「そう言うと思って買っておいた」 「え、マジ? 気が利く〜輝彦」  見た目からは想像できない七海の好物を聞いて、そういえばまだ三人の好物すら幸人は知らないことに気付く。バイトは何をしているのかとか、何が苦手でどんなことで怒るのかとか、これから知ることになるんだなと思うとワクワクした。 「て、輝彦は好きな食べ物ある?」  それなら思い切って聞いてみよう、と幸人は発言するものの、それまでの流れをぶった斬る質問になってしまった。固まってしまった三人に謝ると、みんな笑ってくれる。 「いい。全然いい。むしろどんどん聞いて」 「わ、分かったからもう少し離れろよ……」  そして余程嬉しかったのか、輝彦は幸人にキスをする勢いで顔を近付ける。さすがに朱里たちの前では、キスなんてできない。 「俺ね、食べ物は好き嫌いないんだ。だから何でも美味しく食べるよ」 「分かったから離れろって!」  両手で頬を包まれ、輝彦の方に向かされた幸人は、輝彦の綺麗な顔を掴んで押しやる。けれどそれで怯む彼ではない。 「あー、ほら輝彦、程々にしなー」 「まじ何これ。こんな輝彦見たくなかった……」  幸人が困っていると言って助けてくれる七海と、輝彦の言動に引いている朱里。全部話して吹っ切れた輝彦は、本当に幸人のことが好きだということを隠そうともしない。  幸人はその瞬間、朱里と七海の赤い糸がすうっと引いていくのが見えた。

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