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初デート-4-D-

「……ん」  アルノシトはゆっくりと眼を瞬かせた。まだ半分は夢の中。正確な時間はわからないが、薄暗いのでもう少しゆっくりしても大丈夫だろう。心地良いぬくもりと柔らかい布の感触に頬を摺り寄せた。そのまま二度寝を決め込もうとしたところで気付く違和感。  いつもよりもベッドが柔らかい。おまけに温かい気がする── 「……ぁ」  眠っていた意識が覚醒した。昨晩はいつもの自分のベッドで眠った訳ではないことと、一人ではなかったことを思い出す─── 「~~~~~~」  一人赤面して顔を伏せる。  目の前で穏やかな寝息を立てているその人──昨晩、肌を重ね合った人。あの時はただ行為に溺れ夢中になっていて気付かなかったが、今思い返すと────いや、思い出さないでおこう、と一人頷く。 「…………」  相手を起こさないように身動ぎを抑え、寝顔をまじまじと見つめた。  長い睫毛、鼻筋の通った顔立ち。自分の恋人だという贔屓目を抜きにしても整った顔をしていると思う。その整った唇が昨日、自分の身体に触れていたのだと思うと、何となく申し訳ないような気持になってしまって少し目を伏せた。 「──おはよう」  けだるげな声。同時に体へと腕を巻き付けられて、顔を上げる。  半ば閉じたままの青い眼が自分を見ていた。 「あ、おはよう…ございます」  ごく自然な動きで頬へと口づけられる。 「体は大丈夫か?」 「え?……」  するりと伸びた手が腰のあたりへと。いたわるように掌を添えられると、小さく肌が震える。 「昨日、無理をさせてしまったから」  多分、本心。裏表なく、他意もなく、純粋に心配してくれているのだと思う。思うが── 「……、その聞き方は駄目です、思い出す、から……」  火照った顔を隠したくて自分からも腕を回して抱き着いた。胸に額を付けるようにして顔を隠す。 「そうか。すまない」  素直に謝られると罪悪感。自分勝手だとは思うが、額を押し当てたまま、謝らなくていい、と緩く首を左右に振った。  労わるように軽く背中を撫でられる。実際のところ、体が重い。ちょっと今日は重い荷物は持ちたくないな、なんてことを考えていると、髪を梳かれた。  胸に顔をうずめたまま、ちらっと視線を向けると、まだ少し眠そうではあるが穏やかに笑みを浮かべているルートヴィヒが見えた。 「あの……ルートヴィヒ、さん」  名前を呼ばれて髪を梳く手の動きが止まる。覚醒してきたのか、数度眼を瞬かせた。 「痛かったか?」  髪に指が引っかかったのかと気にしてくれているようだ。そうではなくて、と小さく首を左右に振る。 「その……」  言い淀む。何かあるのかと気遣う気配に、一瞬だけ眼を向け、また伏せた。 「…………すごく……気持ち……よかっ、た、です、…………」  語尾はほとんど聞こえなかったかも知れない。ごにょごにょと歯切れ悪く言いながら、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。  言いながら体温が上がる気がする。聞くなと言っておいて、自分から言うのもどうかとは思うが、無理をした訳ではないこと、辛くはなかったことはきちんと伝えておきたかった。  言い終わるのとほぼ同時。しっかりと抱きしめられて息が詰まる。 「良かった」  ほっとした声。抱きしめる腕が緩められると、視線が重なるように体の位置を変えられる。眼が合うと同時に口づけられた。  何度も触れ合わせるだけのキスを贈られ、くすぐったさと照れくささに眼を閉じてしまう。 「……あぁ、すまない。はしゃいでしまった」  我に返ったように。口づけの雨を降らせるのをやめると、乱れた髪を整えてくれる。 「昨日……気遣う余裕もなく、夢中になってしまったから。君に辛い思いをさせたのではないかと気になっていたんだ」 「え?」  十分過ぎるほど気遣ってもらっていたと思ったのに。驚いたのをどう受け止めたのか、ルートヴィヒは困ったように笑った。 「私だけが気持ち良くても仕方ないだろう?」 「え、……あ、……」  意味が分かって頬が熱くなる。顔を見られたくなくて胸に押し付けた。無理に顔を上げさせようとはせず、緩々と髪を撫でてくれる。  少しの間の沈黙。  ぐー……  破ったのは腹の音。そういえば昨日は夕飯も食べていない。現金なもので、空腹を覚えると喉の渇きも感じ始めた。 「私としてはもう少しこうしていたいが……さすがに水分は摂った方がいいな。起きれそうか?」  腕が緩まった。気怠くはあるが、歩けない程ではない。 「……大丈夫、……です……、……?」  体を起こして気づく。昨日、散々に欲を吐き散らかした肌が綺麗になっていた。だけでなく、下に敷いていたバスローブとは別の新しいものが着せられている。 「……あの」  自分で記憶がないということは。既にベッドから降り、立ち上がっているルートヴィヒを見上げる。 「────そのままにしていては、風邪を引く」  行為の後始末。全部一人でさせてしまったことに申し訳なさを感じて眉が下がる。 「……ありがとう、ございます……、次は…ちゃんと自分でしますから」 「いや……君が自分で出来る程の余裕を残して抱ける気がしない」  即却下されて、言葉に詰まった。それだけ夢中になってくれている、ということは嬉しくはあるが、かといって──と思案していると、笑う気配。 「──ただ…そうだな。一緒にシャワーを浴びてくれる、というなら考えよう」  明らかにからかっている口調。もう、と肩の力を抜くと、馬鹿なことをいうなと笑った。ルートヴィヒも笑みを浮かべる。  立てるか?というように差し出された手を掴んで立ち上がった。 「先に行っててください。顔を洗ってから行きます」  少し足元がおぼつかないが、手助けがいるほどでもなく。言葉に従って先に部屋を出る背中を見送ってから、バスルームへ向かった。                ◇◇◇◇◇  ────二人で朝食を済ませた後。昨日と同じようにソファの上で横抱きに抱えられている。  昨日と違い、アルノシトは自分からルートヴィヒへと体を預けた。特に何か言うでもなく、ただ指を絡め、じゃれつかせている。  ルートヴィヒも何も言わない。アルノシトがしたいようにさせてくれている。  もう外は明るい。窓の外には太陽の光が降り注ぎ、街並みがはっきりと見える程。 「……あの」  意を決してルートヴィヒの顔を見た。僅かに首を傾げて続きを待っている。 「俺……もっと、一緒にいたい、です……」  言い終わると俯いてしまう。ルートヴィヒはその背を緩く撫でてくれた。 「気持ちは嬉しいが──君のお爺様が心配する」  子供じみた自分の感情に冷静な言葉が返ってくる。わかってはいても、ばっさり切られると少し寂しい。 「……そんな顔をしないでくれ。私だって君と一緒にいたい」  え、と顔を上げる。 「言わなかったか?3日……休暇を取ったと」  聞いていない──いや、聞いたかも知れないが、記憶になかった。呆けてしまったアルノシトを見て、笑みを深めた。 「だから今日と明日は一緒にいられる。……とはいえ」  何も連絡を入れないままでは、アルノシトの祖父が心配するだろう。至極当然のことに何度か頷き返した。 「電話をお借りしますね」  膝から降りて教えてもらった電話の位置へ。家にあるものと同じ機械には見えないな、などと妙なことに感心しながら雑貨店の番号を回す。 『はい。こちらクベツ雑貨店です』  聞き慣れた祖父の声。電話の主がアルノシトとわかり、営業用の声が変わる。 『どうしたんだ。わざわざ電話なんかかけてきて』  昨晩、連絡しないで外泊したこと、今日と明日と店を休ませてほしいこと。  詫びる声に電話の向こうの祖父は明るく笑った。 『なんだ、そんなこと気にしなくても構わんのに……ただ──』  ワン、と電話の向こう。聞き慣れた鳴き声に、眼を瞬かせる。 『ジークのやつが心配しているからな。声を聞かせてやってくれ』  電話口から祖父の声が遠くなる。代わりに、ハッ、ハッ、と荒い呼吸音が聞こえて、アルノシトは眼を細めた。 「ジーク」  ワン、と返事が返ってくる。愛犬がちぎれんばかりに尻尾を振っている姿が見えて、笑みを深める。 「昨日は帰らなくてごめんな。今日と明日も俺は留守にしているから……じいちゃんの傍にいてほしい」  ワン、ワン。わかった、とでもいうように吠える。そう思いたいだけで、実際はちゃんと帰って来いと怒られているのかも知れないのだが。 『こら、ジーク。今度は儂の番だぞ』  受話器を持ち上げたら、ジークが飛びつこうとしたのだろう。やれやれ、と言いたげな口調で祖父の声が響く。 『まぁ、儂らのことは気にしなくていいから。ゆっくりして来なさい』  言い終わると電話が切れた。祖父の気遣いに感謝しながら受話器を置いた後、後ろから抱きしめられて動きが止まる。  いつの間に傍に来ていたのだろう。鼻先を首筋に埋められると、くすぐったくて肩が揺れる。 「ルートヴィヒさん、くすぐったい」  つい先ほどまで電話口で話していたからだろうか。愛犬を思い出してしまう。 「明日までは君の時間を貰えるのだろう?」 「……はい」  再び首筋へと口づけられた。軽く触れて離すだけの行為はやはりくすぐったい。  軽く肩をすくめた後、体の向きを変えて向き合う形となった。少し高い位置にあるルートヴィヒの顔を見上げる。  どちらからともなく、自然に顔を寄せて口付けた。何度か啄んだ後、互いに顔を見合わせて笑う。  二日も、ととらえるか、二日だけ、ととらえるかでも変わるけれど。今はただ、お互いのことだけを考えていたかった。

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