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二度目は傍で-1-A-
アルノシトが付き人見習いとしてばたばたしているうちに年末。
雑貨店の方も気になりはする──手伝いとしてルートヴィヒの屋敷から人を向かわせてくれている、とは聞いているので、過剰な心配はしていない──のだが、それ以上に目の前の仕事が忙しすぎて、ほとんど朝起きて仕事をして寝るだけの毎日。
こんな激務をこなしていたのか、と感心すると同時に、この忙しい中に時間を作って逢いに来てくれたのか、と嬉しいような申し訳ないような感情。
ルートヴィヒとエトガルは「今年はアルノシトがいるから幾分楽だ」なんて言ってはくれるけれど。
漸く色々な準備も落ち着いて、後は当日を迎えるばかりの状況になって、思わず大きく伸びをした。
「お疲れさん」
笑み交じりのエトガルの声に、は、となって姿勢を正す。「仕事中」は部下なのだから、上司であるエトガルやルートヴィヒの前で気を緩めたりしてはいけない。
慣れて来たと思っていても、こういうところでつい「素」を出してしまう。
「かまへんて。俺とルーしかおらんしな。色々大変やったやろし、ちょっと休憩しよ」
「そうだな。一息入れようか」
などと相槌を打つ間も、ペンを走らせる手を止めないルートヴィヒを見て、エトガルは肩を竦めた。メイドを呼ぼうとするエトガルに、自分が行く、とアルノシトは席を立って厨房へと向かった。
用意してもらったお茶とお菓子を乗せたトレイをもって戻ると、ルートヴィヒもソファの方に移動していた。執務机からひっぺがした、なんて冗談に軽く笑いながら、お茶を入れて二人の前にそれぞれカップを置く。
「ありがとう」
カップを口へと運ぶルートヴィヒの顔には疲労の色が濃い。あまり無理はして欲しくないのだが、彼にしか出来ない仕事も多い。
「アルもお茶いれるのうまなったな」
美味しい。
賞賛の言葉に笑みが浮かんだ。エトガルもルートヴィヒも優しくはあるが、甘やかすことはしない。駄目なものは駄目、とはっきり言ってくれる。
今まで飲めればいい、で生活してきたアルノシトにとっては「美味しい紅茶のいれ方」も学ぶべきことの一つで。少しずつではあるが、上達していると言って貰えるのは純粋に嬉しい。
こうしてお茶を飲みながら、他愛のない話をするのはあっという間で。持ってきた時と同じように、トレイを返しにいこうとするアルノシトの前でひょい、と持ち上げられた。
「俺が行って来るさかい。もうちょい休んどき」
え、と反論する前にエトガルは出て行ってしまった。しん、となる室内。
エトガルがこうやって部屋を出る時は──
「……アルノシト」
伸びてきた腕に抱き締められる。ふー、と大きく息を吐き出されると、首筋の辺りで髪が揺れて擽ったい。
「お疲れ様です」
うん、と頷くが表情は見えない。たまにこうして、ただ抱きしめられるだけの時間。
エトガル曰く
──ルーに限界きとるときは、抱き枕になったって。
とのことだったが。本当にこれだけでルートヴィヒの疲労軽減になるのだろうか、とは毎度思ってしまう。ソファに座ったまま。自分を抱くルートヴィヒの背へと腕を回すと、ゆっくりと撫でた。
「ちゃんと寝てますか?」
ゆるゆると首を左右に振る。子供のような仕草に笑ってしまうが、抱きしめる腕に力が籠るのに動きを止めてしまう。
「……君がいないと眠れない」
本当に子供のような事を言いながら、首筋へと唇を寄せてくる。軽く押し付けた後、はぁ、と大きく息を吐き出した。
「部屋を分けるんじゃなかった、と後悔している」
元々、自分はルートヴィヒと同室でもいいと思っていた。が、ルートヴィヒとエトガルが別の部屋の方がいい、と、アルノシト用の部屋を用意してくれたのだ。
だから、仕事が忙しい時は自然と別々の部屋で眠ることが多い。勿論、ルートヴィヒの部屋で眠ることもあるが、最近は夜遅くまで作業することも多く、お互いに会話らしい会話も出来ないでいた。
一緒に眠る時は、行為に及ぶことも当然あるが、それ以上に他愛のない話をしてそのまま眠る事も多い。そういう時間が持てていないことは、アルノシトが思う以上にルートヴィヒにはストレスなのかもしれない。
「……今日……時間、大丈夫なら、部屋に行きます」
「ありがとう……必ず戻るから」
腕が緩められた。頬に触れる指先が愛おしげに肌を撫でる。
「ルートヴィヒさ──」
名を呼ぼうとしたところで口づけられて言葉が途切れる。ただ触れて離すだけの行為を何度か繰り返した後、名残惜し気に離れていく。
「……さて。残りの仕事を片付けようか」
声音と表情は優しいままだが、これからは「仕事」の時間だと宣言されて、アルノシトは深呼吸してから頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
約束した通りに部屋へと向かった。ノックをしても返事がない時は入って構わない、と言われていたから、静かに扉を開く。
灯りがなく、人の気配もない。ルートヴィヒはまだ仕事なのだろうか。
せめて戻ってきた時に寒くないよう部屋を暖めておこうとストーブに火をつけたところで、背後で扉の開く音。
「アルノシト」
少し驚いたような声。ドアからストーブまでの短い距離を速足で詰められて、立ち上がるより先にルートヴィヒが傍に来た。
「……あ、おかえりなさい」
勢いに気圧されてしまう。差し出された手を借りて立ち上がると同時に、頬に触れられて肩が跳ねる。
「冷えてはいないだろうか?」
本当に心配してくれている。その手の動きと声の優しさにアルノシトは眉を下げた。
「俺より……ルートヴィヒさんの方が冷たいです」
自分から腕を回してしがみつけば、服から伝わる冷気。ひんやりとした感触にゆっくりと顔を上げる。
「今日は俺……傍にいますから。ちゃんと寝て下さい」
ルートヴィヒの眼が見開かれた後、細められる。静かに抱きしめられてアルノシトはまた胸に顔を埋めた。
「ありがとう」
腕が緩められる。促されてベッドへと向かうと、先に横になった。服を着替えている背中を見つめていると、視線に気づいたのかルートヴィヒが振り返る。
「どうかしたか?」
首を横に振った。不思議そうにしながらも着替えを終えたルートヴィヒが隣へと。
「暖めておきました」
冗談めかした言葉にルートヴィヒが笑う。回される腕に定位置へと収まってから、改めて視線を向ける。
「明日も来ますから……明後日も来ます。パーティーの日まで毎日。だから──」
ちゃんと寝て欲しい。
そういう前に抱き締められた。緩々と背中を撫でられる心地良さに眼を細める。
「ありがとう。でも……出来れば」
パーティーが終わっても部屋には来て欲しい。
冗談交じりの口調に、アルノシトも笑う。
「当たり前です……終わっても、ずっと──」
傍にいたい。
胸に埋めて呟いた言葉は不明瞭。それでも、自分を抱く腕が強くなるのを感じて、アルノシトも回した腕に力を込めた。
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