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第6話

《凪side》 異変に気づいたのは、登校中のことだった。 校門の手前で少しふらつくような足取りの鳴宮の後姿を見かけた。 沢山の生徒の波の中でおぼつかないその足取りに 大丈夫かと心配になったや否や、すぐに友人と思われる人物に駆け寄られ話始める。 あ、いつもの顔に戻った。 貼り付けたような笑顔。 さっきまでの具合の悪さはなんだったんだというように、 そそくさと校舎のほうへ歩いていく。 今日は1時間目から体育だ。 あいつ、さすがに見学するよな? それでなくても鳴宮はよく体育を見学している印象だ。 夏も長袖に長ズボン、制服だけに留まらず体操服でもそうだった。 それまでは身体が弱いんだろうとさして気にも留めていなかったが、先日のあれを見てしまうと納得がいく。 あの様子じゃ今日もおそらく見学だろう。 俺もだるいし、とそのまま空き教室に向かう。 朝のHRのチャイムが鳴り、静かだった本館構内から生徒たちの声が微かに 聞こえてくる。本来ガヤガヤしているのは好きじゃない。だが孤立したこの場所から聞く人々の喧騒は、心地の良いBGMのようで、高みの見物といえば言葉は悪いが、優越感と言うべきか、この喧騒は嫌いじゃない。 荷物を置いていつものようにダンボールの陰に座りこもうとした矢先、 ガラガラと音を立ててドアが開いた。 「え、休みだったんじゃ、」 とっさに出てしまったであろう言葉にハっとして口を押さえる鳴宮に、 「休みじゃねーよ」 とつい反射で答えてしまう。 HRに出なかった俺は、どうやら今日は休みだと思われたようだ。 想像するに、いつものトイレにまた先客がいて、今日この教室には誰もいないと思って来た、というところだろう。 予想外に俺が返事をしたことで驚いている鳴宮の手には体操服が握られている。 こいつ、まじか。 「今日は休んだほうがいいんじゃねーの?」 完全にお節介だ。 話したこともない俺なんかにこんなこと言われて ほら、鳴宮も固まってる。 「…今日は出ないといけないから」 は?意味わかんねぇ。 そう言った鳴宮は踵を返しドアに手をかける。 「待てって」 反射的に身体が動いてその腕を引っ張っしてまい、 その細さにぎょっとする。 「っ何!?離して」 「嫌だ」 自分でもどうしてここまで執着してしまうのか分からない。 「痛いってば、君には関係ない!離し」 そう言いかけたところで鳴宮の体から急に力が抜け、 咄嗟に自分の方へ引き寄せた。 「あっぶねー…」 もう少し離れていたら支えられなかったかもしれない。 「ご、ごめ…」 震える指が必死で俺のシャツを掴んでいるが、今にもほどけてしまいそうだ。 「とにかく座ろう」 そのまま膝を折ってその場に座らせ、額に触れる。 すごい熱だ、顔が火照り、額にも首にも汗が滲んでいる。 色づいた耳にかかる黒髪も汗のせいで少し湿っていた。 「やっぱ熱あんじゃん」 「大、丈夫だか、ら」 途切れ途切れに紡がれる弱弱しい声に説得力などあるわけもなく、 力を入れて立ち上がろうとするが、めまいでもしたのか少し身体が浮いただけで崩れるようにまた座り込んだ。 「…ごめ、」 「謝るなよ」 苦しそうに俯いたその首筋が、シャツの隙間からよく見えた。 うなじから背中にかけて、びっしりと青あざがあるのが分かる。 「とりあえず体育は休め。保健室…、いや、もし保健室が嫌ならここで休むか?」 この状態を保健医に見せていいものか迷う。 事情を知られたら、きっと大事になるんじゃないか? そしてそれを鳴宮は望んでいるのかどうかが分からない。 いや、これだけ隠して生活しているんだ、きっと知られたくないに決まってる。 「何も聞かないの…?」 消え入りそうな声でそう紡いだ鳴宮が顔をあげ 初めてその大きな目と真っ直ぐに目が合った。 「誰だって聞かれたくないことくらいあるだろ」 「…ははっ…変なやつ」 「それに、誰にも言うつもりもない」 息も絶え絶えに鳴宮がクスリと笑う。 笑う余裕なんてないだろう。苦しそうに、しかしどこか安堵したように、 そしてそれはいつもの貼り付けた笑顔とは違う、 俺にはそう見えた。

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