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第7話

《湊side》 やってしまった。 あの日から感じていた凪の視線。 そのままなかった事にしようと接触されないように警戒していたのに。 HRに凪の姿がないのに少し安堵し、 ふらつく頭のせいで判断力にかけてしまった故か安易に空き教室のドアを開いてしまった。 案の定ビックリして声をあげてしまった俺に 凪は「休みじゃねーよ」と当たり前のように返事をしてきて ビックリして固まってしまった。 だって俺と凪が話したのはこれがはじめてだったから。 とにかくここで着替えるわけにはいかないと回れ右をしようとした所で、今日は休んだほうがいいと声をかけられる。 その真意は分からないが、前回の体力テストで休んでしまったので今日は自分だけ再テストで、他のクラスメイトは球技をすると体育教師から聞いている。 だからこうして急いで他に着替えに行こうとしているわけだが、突然腕を掴まれビックリしてしまい振りほどこうとする。 何でそんな事を言ってくるのか分からない凪に、君には関係ないと言おうとしたところで急に目線が回転しふらついた。 頭をぶつけなかったのは、目の前の凪が身体で支えてくれたからだ。 「ごめ…」 謝るよりも前にその大きな手が額に伸び、何かぶつぶつ言っているが ひどい眩暈に吐き気がこみ上げそうになり必死に飲み込む。 もし吐いてしまったら彼を汚してしまうと思い立ち上がろうとするがうまく立てず、結局また支えられてしまう形となった。 ふわふわと遠くなっている彼の声が 保健室に連れて行くかを迷っているようで もやのかかった頭で、ああ、凪はあの時俺の身体を見たんだ、と どこか他人ごとのように感じた。 もしその事を聞かれてしまったらあんなに誤魔化そうと思っていたのに いざそうなってしまうとどうでもいいような気さえしてくる。 それが彼だからなのかそうじゃないかはわからない。 「何も聞かないの?」 そう精一杯吐き出した俺の言葉の意味をどう受け取ったのかは分からないが 誰にも言うつもりはない、 そう言った彼の言葉は真っ直ぐで こんなやついるんだ、と 薄れゆく意識の中で 何も疑うことなく安堵してしまった自分をおかしく思った。 その日から、自然と調子が悪い日は空き教室に足を向けることが多くなった。 教室の隅にできたダンボールの壁下に 体育の古びたマットがいつまにか敷かれている。 湊が倒れた時用、そう言った凪の心遣いを嬉しく思いながら二人で腰を下ろす。 「汚いけど床よりはいいね」 「もっとありがたがれ」 凪と居ると自分を偽らなくてよくて居心地がいい。 無理して笑うこともなく、 苦しい時は苦しいといい、眠ることが出来る あれから何も聞かない凪だったが 俺もあえてその話題は避けていた。 ここでの二人の時間を壊したくない。 寸刻の幸せなまどろみに、暗い色がかき消されていく。 学校に、そんな場所が出来るとは思っていなかった。 1分でも、1秒でもこの場所から離れがたい、 こんな気持ち初めてだ。 ―保健室― 「最近サボリが多いんだって?」 腕の包帯を解きながら、ニヤニヤと楽しそうに柊先生が尋ねてくる。 「誰から聞いたの」 妙に嬉しそうな先生に、なんだか面倒な人に知られてしまったと幾分うんざりしながらため息を吐いた。 そんな俺を横目に慣れた手つきで消毒液の染みた脱脂綿をトントンと患部に乗せていく様は、さすが保健医といったところで手際がいい。 確か先生って、ここに来る前は大学病院で働いてたんだっけ そう女子達が噂しているのを聞いたことがある。 「担任の藤川先生が嘆いてたよ。あの真面目な鳴宮君が~って。 僕は君に友達が出来て嬉しいけど」 「はぁ?何で知って、」 「この間、一緒に空き教室に入って行くのが見えたから」 人目には気をつけようと肝に銘じながら、どう言い訳しようかと考えるが、 この人に嘘を付いたところでどうせ何でもお見通しなんだろう。 「別に、友達っていうか…同じクラスの凪だよ。 あいつもあそこでサボってんの。なんか居心地良くて」 居心地。 少し前はここがそうだった。 「へぇ、それが友達なんじゃないの?少なくとも、君の嘘っぱちの作り笑顔ばかり見せてるクラスメイト達よりかは心を許しているように僕には見えるけど」 「嘘っぱちって…普通に楽しいよ、クラスでも」 確かに凪といるときは、変に気を使わなくていい。 あの日から、 あの教室で一緒に過ごすことが増えた。 具合が悪いとき、気持ちが落ちるとき、誰とも話したくないとき。 誰とも話したくなんかないのに、 あの教室へ足が向かう。 何を言わずに隣にいてくれる凪に 安心している自分がいる。 「ふーん、君がそう言うんならそうなんだろうね」 「先生、なんか怒ってる?」 「怒ってないよ。ただ、あまり弱みは見せないこと。どこからバレるか分からないよ。 その子が知ってしまったら今までみたいにはいられないよ。 離れていくか、はたまた暴走するか…」 暴走… 「まさかもう話したの?」 「話すわけないじゃん…凪は何も知らないよ」 「とにかく、気を許すのはいいとして、十分に気をつけること。 それは君と、妹さんたちを守るためでもあるんだから」 そうだ。 自分の現状がバレたら大変なことになるに決まってる。 何もかもを家族が知ってしまったとき、妹達、そして母親は何を思うだろう。 自分たちの平穏が、俺の犠牲の上で成り立ってると分かってしまった時、 きっと傷つくのは俺だけではないはずだ。 そう思って居たのに。 「うわ、帰るまでに雨止むと思ってたのに、 カバンも教室に取りにいかないと、凪、じゃあまた明日ね」 ザーザーと黒い夕立が降りしきる。 「もう少しで止みそうだし、もうちょっといろよ。 どうせみんな足止めくらってるんだし、止んだら一緒に教室行こうぜ」 俺の少しの油断と不注意が 「うん」 悪いほうへ悪いほうへ 俺の足を暗い雨の中に引きずり込もうとしていた。

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