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第8話

《柊side》 初めてその子を見たとき、とても綺麗な子だと思った。 授業中に気分が悪くなったというその子の名前は鳴宮湊といった。 保健委員であるという、同じくらいの小柄な男子に肩を支えられてふらつきながらやってきた。 付き添ってくれた男子に軽く礼をいい、 デスクに座っている俺の正面の椅子に彼が腰を下ろす。 「まず熱測って」 渡した体温計を受け取り、襟元からそれを差し込む。 標準よりずいぶんと細いのが制服のシャツの上からでも見て取れる。 紅潮した顔と肩で息をするしぐさに相当熱が高そうだと考えている間に ピピっと脇に挟んでいた体温計が鳴り受け取ると38度を少し超えていた。 「熱のほかに何か症状はある?」 咳とか鼻水とか、と考えられる限りの症状を打診するそばから彼は首を横にふり、 なにもないですとかすれた声で返事をした。 熱だけか、と診察をするために胸元を少し開くように指示をするが、それも首を振って拒否をする。 「一応見ないと分からないんだけど」 そう言い返しても俯いて首を振るだけで、もう大丈夫ですと踵を返して出て行こうとするのを肩を掴んで引き止めた。 「分かった分かった、熱あるんだからベットで休んでいきなさい」 とりあえず解熱剤飲んで、あとはもう何もしないよと目配せして奥のカーテンを開きベッドへと誘導する 少し緊張した様子だった彼が、おずおずとベッドへ腰を下ろし上履きを脱いだ。 それを見て少し安堵し 何かあったら声かけてねと伝えカーテンを引いた。 再びカーテンを開いたのは、苦しそうな声が聞こえたからで。 うなされているであろう息遣いに彼を起こそうとするが、 唸るばかりでなかなか目を覚まさない。 身体をゆすり名前を呼ぼうとした所で布団から細い腕が落ち、それを戻そうと手首を掴みふいに目が止まった。 これは、 手首に鬱血したような跡、 数年前、大学病院で働いていた時に、これと同じような痕を数度見たことがある。 夜の街から程近い病院だった事もあり、そういった趣味思考のプレイや、暴力、虐待、理由はさまざまだったが、これは間違いなく紐で縛った事による摩擦痕だ。 まだ目が覚めない彼に ごめんと心の中でつぶやいて襟元のボタンを2つほど外し指をかけ中を開き見る。 予想通り、というべきか彼の細く白い身体には無数の傷跡存在し、その中には情事を思わせる鬱血や噛み跡も散らばっていて些か吐き気を覚える。 発熱の原因はこれか。 こんな子供に。 それが恋人同士のそれじゃないことは明白で。 これからどうしたらいいか考えあぐねている所で急にシャツにかけていた指を撥ねられ乾いた音が響く。 「見るな!!」 ハァハァとまだ息が整わない状況の中身体を起こし 開いたシャツの胸元を握り締めながら彼はすごい形相で睨みつけてくる。 爪が食い込んでしまうのではないかと思うくらい握りしめている両手を見つめながら 「勝手に見てごめん」 と伝えると、彼は絶望したように俯いてその手をフルフルと振るわせた。 「見なかった事にしてください」 搾り出したようなか細い声。 「お願い、誰にも、言わないで、お願いします」 黒髪を振り下ろすように頭をさげ、震えている肩。皺の寄ったシーツにポツっと水滴が染みを作ったのが見えた。 だが、大人として見てしまったこの暴力を見逃すことは出来ない。 もしもこの子が無慈悲な暴力を受けているとしたら、 それを救えるのは大人の役目だと思う。 「すまないけど、それはできない」 そう伝えるや否や彼はベッドから降り俺の白衣を掴む。 「お願いします、お願いします、」 膝を折って床に土下座のような体制で何度も訴える彼の必死さに異様性を感じる。 こんなことをされてまで庇いたい相手とは誰か、 「それをやったのは君の家族?」 その問いを聞いた彼の言動がピタリととまった。 「暴力は犯罪だ。それが身内でも、赤の他人だとしても。 もし君の家族が君を傷つけているんだとしたら、俺はそれを知ってしまった以上放ってはおけない」 それが大人の判断で、教育に携わる者としての判断で間違いはないと思う。 「…りたい、守りたい、んです、」 嗚咽を堪えながら覚束なげな声で彼は続けた。 「妹を、守りたいんです、俺が我慢すればいいから、だから、」 言わないで、と時々喉を詰まらせながらそう言った彼の背を支え起こそうと触れたところで一瞬痛みに顔を歪ませたのが分かる。 背中にも傷があるのか。 痛まないように手を取ってもらいベッドへ誘導しそっと座らせる。 とめどなくあふれてくる涙はそのままシャツに落ちその色を濃くした。 その間俺はというとその白く震える手をただ握っていることしかできなかった。 涙と共に零れ落ちていく言葉の数々に、俺は悔しさを堪えるので精一杯だった。 それくらい16歳の男子が抱えるのにはとても重い内情だった。 部分的にしか聞いていなくても、こんなにボロボロの状態で 一体どれだけ苦しんできたのだろうと思うと想像するだけで胸糞が悪かった。 暴力に怯え、報復に怯え、この子の苦しみは、果たしてその元凶が消えてもすぐに解放させるものではないであろうことは予測に足るし、 暴力から逃れられても全部が明らかになることでこの子が一番守ろうとしている家族との事も心配だった。 「分かった、このことは内密にするから、とりあえず手当てだけでもさせて」 もちろん内密にするなんてのは大嘘だったが まずはこの子の手当てが先だ。 然るべき手段はその後でもかまわない。 ―その日の夜 「祥吾?ちょっと生徒の事で相談したいことがあって」 通話相手との約束を取り付けた俺は、翌日ある男に会いに行った。

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