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貰い物-2-B-
結局。時間になるまで飲んだり食べたりした後、後輩と別れた。
鞄の中には渡された「おもちゃ」。何らかのはずみで鞄が落ちて中身ばらまかれたら……というか、会社に持ってきてたのか、あいつは。
なんて他愛ない事を考えながら駅へと向かう。明日の予定は──と電車を待つ間、ぼんやりとしていたら、不意に声がかけられた。
「洋佑さん?」
驚きと嬉しさの入り混じった表情と声。人の間をかき分けてこちらへと来る姿を見て、洋佑も目を瞬かせた。
「佑?なんでこんなとこに」
並んでいた列から外れる。自分からも佑の方へと歩みより、人の流れの邪魔にならないよう隅の方へ移動する。
「買い物してたんですよ。洋佑さんこそ」
買い物、と言いながら手に下げた紙袋を見せてきた。近くに来ると漂うアルコール臭に眉を寄せる。
「……洋佑さん。またご飯食べずに飲んでいたの?」
違う、と慌てて手を振る。
「ちょっと相談に乗ってたんだよ。解決したから、祝杯あげて飯食った帰り」
「そう。ちゃんとご飯食べてるならいいけど」
きちんとした食事──でないにしろ、何かしら食べているならそれでいい。
佑は笑みを浮かべた。
電車到着のアナウンスが流れる。最後尾に並び直しながら、あれ?と洋佑は首を傾げた。
「お前の家、こっちだっけ?」
「……」
無言のまま。にっこりと笑う佑を見て、あー、と洋佑は視線を逸らした。
──これは怒ってる。
怒らせるような事──の心当たりはいくつかある。電車に揺られながら、どう説明しようかな、なんて考えている間に自宅の最寄り駅に到着。
当然のように一緒に降りる佑を見て微かに苦笑。
「一応言っておくけど。明日も仕事だから、無茶はしないでくれよ」
「無茶って例えば?」
にっこり。
「……とりあえず、家に行こう」
はぁ、と肩を落として家に向かう。佑は割と頑固な面がある。こうなったら、自分が納得するまであきらめない。
自室へのカギを開けて部屋へ入るなり、佑に腕を掴まれる。ぐい、と体を引き寄せられると、正面から抱きしめられて動きを止める。
「こーら」
予想はしていたので、驚きはしない。緩い口調で抱きしめる腕をぽんぽん、と軽く叩く。
「……僕じゃない人の匂いがする洋佑さん、嫌だから」
ぎゅう、と抱きしめる腕の力が強くなる。犬が甘えるように鼻先を首筋へと埋めて顔を擦り付けてくる。
「洋佑さん、外でお酒飲んじゃだめだよ。前みたいに倒れたらどうするの」
それを言われると言い返す言葉がない。初めて食事に行った時に酒を飲んで気を失ってしまった事は今思い出しても恥ずかしさと申し訳なさとで逃げ出したくなる。
「……ちゃんと飯も食ってるし。あれから気を付けているから大丈夫だよ」
「本当に?」
うなじへと軽く口づけられてびく、と体が震える。
「っ、本当だってば……だから」
「だめ」
離さない。繰り返し項から耳にかけてのラインに口づけられて、引き離そうと手で肩を押そうと持ち上げた。
と、持っていた鞄から指を離してしまい、床へと落ちる。がしゃ、と通勤用の鞄らしくない重さと音に佑が動きを止める。
「あ……ごめんなさい。僕……」
完全に腕を緩めて体を離した。壊れ物でも入っていたのではないかと鞄を気にしてしゃがみこむが、洋佑の許可のないままに触れることはしない。
「多分……大丈夫……だと思う」
中身──見たらまた怒りそうな気がする。
とはいえ、この状況で何の説明もしないまま、では要らぬ誤解を招くだろう。
「凄い音したよ?」
「いや……壊れてもいい、というか」
歯切れが悪い返事。仕方ない、とその場でしゃがむと鞄をあけて貰った袋を取り出した。
「さっきいってた、相談なんだけど──」
ざっくりと。袋の中身と渡された経緯を説明すると佑の表情が険しくなる。
「……洋佑さん……人が良すぎるよ」
先程の強引さとは違う。労わるように腕を回されて洋佑の視線が泳いだ。
「自分で処分しろって突き返したらよかったのに……」
「あんな風に言われたら、持って帰れとは言えないって」
ぽんぽん、と軽く頭を撫でた後、佑は腕を緩めてじっと見つめてくる。そんな顔するな、と笑って眉間を撫でると表情が和らいだ。
とりあえずは、この「おもちゃ」を処分してしまおう。
「中身──は、このままでいっか」
本当はプラスチックの分別やらなにやらした方がいいのだろうが、男二人で膝つき合わせて解体作業……はあまりやりたくない。
次のごみの日にまとめて捨てよう、と袋を持ち上げたところで、袋の底が抜けた。ぼたぼたぼたと中身が床に散らばり、幾つかが佑にもぶつかる。
「うわっ、ごめん。痛くないか?」
思わず袋を放り投げた。未使用未開封品、との言葉通り、箱や袋で包装されたままのものとはいえ、生々しいデザインや使用方法が書かれたそれらが床に散らばるのは中々にシュールな光景だ。
「……びっくりはしたけど。大丈夫」
言葉通り。驚いた表情の佑はゆっくりと眼を瞬かせた。床に散らばったおもちゃを拾おうと指を伸ばすのをみて、洋佑も慌てて拾い出す。
「いや、本当ごめんな。お前まで巻き込んでしまって」
拾い上げた箱や袋をまとめて持つ。佑の分も受け取ろうと手を出したところで、彼の視線が拾った箱に注がれていることに気づいた。
「佑……?」
ん、と返事をして顔を上げる。拾った箱を洋佑の方へ見えるように向けてくる。
「これ……洋佑さんにつけたい」
これ、と言われた箱には首輪をつけた女性の写真。突然のことに固まってしまう。他人が触ることも嫌がるような佑が、こんな「おもちゃ」に興味を示すと思ってもいなかったから、一瞬、頭が真っ白になる。
「佑……?」
狼狽えている洋佑をよそに、佑はパッケージを開封して中身を取り出した。鎖のついた革の首輪。ちゃらちゃらと金属音が響く。
「……これじゃ肌に痣がついちゃう」
首輪の質感が気に入らなかったらしい。すぐにパッケージへと中身を戻して、蓋を閉めた。固まったままの洋佑を見て、拾い上げたおもちゃを自分の腕に持ち直すと、にこりと笑った。
「人が買ったものを洋佑さんには使いたくないし。ちゃんと僕が買ってくるから、これは捨てよ?」
「……って、お前何言って──」
返せ、と伸ばす指先が空を切る。佑は自分が持っていた袋に無造作におもちゃを突っ込んだ後、改めて洋佑の方へと体を向けた。
「首輪付けた洋佑さん、想像したら見たくなっちゃった」
そんな楽しそうに言う事じゃないだろう。大体、さっきまで引いてたくせに──
「お前が見たくても俺は──」
「嫌?」
両手を掴まれ、ドアに押し付けられる。しゃがんでいた尻が床につき、背中が扉へと押し付けられて息が止まった。
離せば息がかかる程の距離で見つめられて思わず視線を逸らしてしまう。
「……明日、会社、あるって言ったろ?」
震える声で言い返す。ちゅ、と佑は頬へと唇を押し当てた。すぐに離すと、今度は別の場所へと口付けて──を繰り返す。
「うん。だから今日は寝るだけ。次のお休みの時に首輪しよ?」
駄目?
最後にもう一度。まっすぐに洋佑の目を覗き込んだ。こういう行動に弱い事を知っていて、わざと──
この野郎、と言い返そうとするが、唇が震えてうまく言葉が紡げない。
「……ね。いい?」
ちゅ、と唇を触れ合わせてすぐに離れる。が、眼はずっと洋佑を見つめたままだ。瞳の奥がゆっくり熱を帯びているのに気づいて、洋佑はゆっくりと唾を飲み込んだ。
「……嫌だっていったら……すぐ、外せよ」
勿論。
佑は笑うと、もう一度口づけてくる。今度は先程よりも少し長い。
「…………たすく」
ん?と首を傾げる様は可愛いのに。複雑な感情に眉を寄せながら、おずおずと顔を寄せる。
「キスは…嫌、じゃないから」
もっと。
言い終わると自分から唇を寄せて吸い上げた。玄関先。ドアに背を付けたまま、唇を開いて深く舌を絡め合わせていく。
くちくちと小さな水音を響かせながら、顔の角度を変えては互いを貪り合う。腕が解放されると同時、後頭部へ掌が周り、固定されてしまう。洋佑も解放された腕を佑の身体へと回して抱きしめ返した。
少し離れてはまた触れ合わせ、を繰り返すうち、息苦しさに緩む洋佑の腕を感じて、佑はそっと顔を浮かせて額へと口付けた。
「今日は我慢するから……お仕事、頑張ってね」
呆けたようにぼんやりとしている洋佑の頬を佑が撫でる。玄関先の荷物はそのままに、洋佑の靴を脱がせて抱き上げた佑はベッドへと向かった。
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