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5 冬磨のセフレに……

「誰かと待ち合わせ?」  椅子に腰を下ろしながら冬磨が俺に問いかける。 「いや? 噂の美形を見に来た」 「ああ、そうなんだ」  冬磨は少しも驚かず、淡々とそう口にした。  聞き返さずとも自分のことだとわかってる口振り。  謙遜もしないし喜びもしない。  きっといつものことなんだろう。もしかすると、最初にマスターが苦笑したように、俺目当てか、とガッカリしてるのかも。 「うーわっ。いま自分で美形って認めたな?」  冬磨レベルだと、謙遜したほうが嫌味だからそれでいい。 「そこはさぁ。普通『いや俺、全然美形じゃないし』とか謙遜しねぇ?」  でも俺はあえて嫌味たっぷりに言った。気に入られようとはしない。あくまでも冬磨には興味なんてなさそうに振る舞う。 「いや俺、全然美形じゃないしー」  突然冬磨が俺の言った言葉をオウム返しで棒読みした。  目を細めて、どこかしらけた風を漂わせている。 「ぷはっ」  そんな冬磨に思わず吹き出してしまった。  あ、やばい、素で笑っちゃった。  ビッチ天音なら、もうちょっと皮肉な笑い方をしなきゃだめなのに。  冬磨を見ると、俺が笑ったのがそんなに嬉しかったのか、すごく優しげに俺を見て微笑んでいた。  冬磨の笑顔を見ると胸が張り裂けそうになる。気持ちがバレてしまいそうで目を逸らしたくなる。  でも、ビッチ天音ならいちいち目を逸らさない。見つめられたって平静でいないと。  俺は慌てて話を戻した。 「なんかさー。噂だと、まるで王子様だとか、芸能人よりカッコイイとか、神レベルだとか、あんまり大袈裟だから。どんなもんか気になりすぎてさ」  ほかの店には行ったこともないし、本当の噂なんて俺は知らない。だから、俺が勝手にそう思ってるだけの言葉たちを並べてみた。  二人とも表情が変わらないところを見ると、やっぱり同じような噂でいっぱいなんだろう。 「で? 実物はどうだった?」  マスターがニヤニヤして俺を見る。 「うん、まぁ大袈裟ではなかったかな? でも、神レベルはねぇな」  俺は、フンと鼻で笑う仕草を見せる。 「おい冬磨、神レベル否定されたぞ?」 「嬉しいね。否定されるとホッとするわ」  本当に嬉しいと思ってるみたいな表情で、冬磨は酒の入ったグラスをかたむける。 「うわ、その台詞が言えちゃうってのがもうやばいな」 「そう、冬磨はやばいレベルだからね」    そろそろ潮時かな。  このままずっと一緒にいたいけど、本気じゃない、興味もない、そう思っていると信じてもらうためには執着してはだめだ。  まずはビッチ天音として知り合えて上々。   「んじゃ、満足したから俺帰るわ」 「えっ?」    腰を上げようとしたら、マスターが驚いた声を上げる。   「なに?」 「え? いや、てっきり冬磨にお誘いかけると思ってた」 「は? なんで?」 「大袈裟じゃなかったってことは美形だって認めたんだろ? 流れ的にそうかなって思って」 「ないね。それはない」    マスターほんとありがとう。この流れ、自然すぎる。今後、どうやってこの先の話題を持ってくるか悩んでた。マスター好きっ。   「はは。俺、天音にとってはないんだ」 「うん、ないね。だって俺……」  ここで俺は、最低なことを口にする。ごめんね、冬磨。 「病気うつされたくねぇし」 「は…………」  ぶはっとマスターが吹き出した。  冬磨は、ぽかんとしてる。 「だって。絶対相手にしてもらえないって噂だけどさ。会ってみてわかったわ。あんた、セフレ多すぎて忙しいから新しい人相手にできねぇだけだろ?」  マスターがさらに笑って腹を抱えた。  冬磨がクッと声を上げて苦笑する。 「まぁ、正解かな」 「やっぱりね。俺そこまでの奴は無理。信用出来ねぇし」  冬磨が初めて見せる表情で俺を見る。  どこか、なにかを探る目。観察するような目。 「天音は、セフレとかいないタイプ?」 「いや? てかセフレしかいない。俺は誰も好きにならないから」  セフレがいること、誰も好きにならないこと、病気は絶対に持ってないこと、ちゃんと伝えることができた。  病気どころか、そもそも俺経験ないしな……。  あの日、冬磨は病気が怖いと言っていた。だからどうしてもこの流れが必要だった。傷つけちゃったかな……。  まさか一日で達成できると思ってなかった。もうマスターには足を向けて寝られない。ありがとうマスター。 「俺を病原菌みたいに言うってことは、天音はよっぽどちゃんとしてるんだな?」 「当たり前だろ? ゴム付けない奴とはしたこともねぇよ」  誰ともしたことがないのにこんな台詞、ほんと冷や汗が出る。 「ふぅん。俺もそこはちゃんとしてるぞ?」 「あっそ。じゃあ病原菌扱いは訂正してやるよ」 「それはよかった」  ここまで達成できたらもう上々すぎる。  あとはもっと会う回数を増やして俺を知ってもらう。信用してもらう。俺も冬磨を信用していく過程を少しづつ見せていけば…………。 「天音。俺をセフレの一人に追加しない?」 「…………は?」  冬磨……いま、……え?  俺も冬磨を信用していく過程を………っ。過程をっ。  こんなこと、想定もしてなかった。  俺、どう反応したらいいの?  やばい、もう完全に素の俺だ。驚きすぎてビッチ天音が消えてしまった。 「ぶっはっ!」  突然、冬磨が派手に吹き出した。  一緒にマスターもまた笑い転げる。 「まさか冬磨の誘い受けて唖然とする奴がいるなんてな?」 「すげぇ。俺、今日日記つけっかな。誘ったら唖然とされました、マルって」  二人はずっと笑い転げてる。  俺は夢でも見てるかのように惚けてしまって、ビッチ天音に再度なりきるまでにかなりの時間を要した。  でも、その反応が逆によかったみたいだ。  俺が冬磨に本気じゃないという嘘が、ますます本当らしくなった。 「じゃあ天音。行く?」 「行く……?」  どこに?  聞き返そうとしてハッとした。  どこって……どこって決まってるじゃん。  まさか今日いますぐっ?!  身体中から汗という汗がドッと流れ出た気がした。  嘘だよね。誰か嘘だって言って……っ。  

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