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28 俺だけ特別がいい……

 身体が重たい。腕を動かすのもしんどい。  俺、いつ眠ったっけ……。と、ゆっくりと記憶をたどった。  そうだ。本当に言葉通り冬磨に抱き潰されて、幸せの余韻の中で眠りに落ちたんだ。  いま何時だろう……。  シャワー浴びなきゃ。でも、身体が重すぎてとても動けそうにない。  そう考えたけれど身体に違和感を感じた。  全身いろいろとベトベトだったはずなのに、なぜかさっぱりとしてる。  重たい腕を動かしてお腹を撫でる。どこもベトベトしてない。すべすべだった。  冬磨が拭いてくれたのかな……。  そこでやっと俺は目を開く。隣にいるはずの冬磨がいない。 「冬磨……?」  寂しくなって部屋を見渡すと、冬磨はバスローブ姿でソファにくつろいでいた。  よかった、冬磨、ちゃんといた。  ホッと安堵してから、いま自分が素の天音でいることに気がついて冷や汗が流れる。あぶない。ちゃんとビッチ天音になりきらなきゃ。 「あれ、起きちゃった? 朝まで寝かそうと思ったのに」 「いま何時……?」 「んー、四時くらいかな」  もうすぐ幸せな時間も終わるんだな。  もったいないから、残りの時間はずっと冬磨を見つめていようかな。  そう思ったとき、冬磨が手に持つ何かに夢中になっていることに気づいた。  カードのようなものに青い紐が伸びているそれ。 「冬磨……なにしてんの?」 「名札見てる」 「そんなのわかってる。勝手に見んじゃねぇよ」  あれは俺の会社の名札だ。なんで冬磨が持ってるの? 「だってリュックのポケットから紐がピロって出てたからさ。ピロって」  ピロ……可愛い。冬磨可愛い。口元ゆるむからやめて……。  髪色を変えてから写真取り直しておいてよかった。 「天音のスーツ姿ってなんか意外。でも、ちゃんと社会人じゃん」 「なんだよ、ちゃんとって」 「天音の会社ってここだったんだな」 「知ってんの……?」 「うん、俺ん家から結構近い。てか天音って本名だったんだな」 「そりゃ……そうだろ」  どういう意味だろ。偽名だと思ってた? なんで?  もしかして、みんな店では本名なんて言わないもんなのかな。  偽名なんて考えもしなかった。  そう言うってことは、冬磨は偽名なのかな……。 「見て悪かったよ。てか星川天音ってすげぇ綺麗じゃん。(あま)(がわ)と星の音か。すげぇロマンチックだな? 名付け親は?」 「……父さん。すげぇ星好きだから」 「へぇ。天音も星好き?」 「……うん、好き」 「じゃあ今度星見に行こうぜ? 俺、夜景好きだから星も好きかも」  なにこれ……もしかしてデートに誘われてる……?  冬磨はセフレとデートもするの?  俺は一回もしたことなかった……。他のセフレとはデートしてたの?  せっかくデートに誘われたのに胸がモヤモヤする。  でも、冬磨とデート……したい。  俺のリュックに名札をしまって、冬磨がベッドに戻ってきた。  肘枕で横になって、じっと俺を見つめてくる。  冬磨が返事を待っている。 「……別に、行ってもいいけど」 「お? マジ? 行く?」 「でも、どうせ見に行くなら絶対天の川が見えるとこのがいいよ。この辺とは全然違うから。見れば絶対夜景より星のが好きになるよ」  ……あ、変なこと言っちゃった。これじゃあガッツリ遠出しようって言ってるようなもんじゃん。失敗した……。  それに今のは素の俺だった。大好きな星の話に思わず演技を忘れた。 「……つっても遠すぎるから、俺とは無理でもいつか絶対見てみろよ。天の川」 「なんで? せっかくじゃん。見に行こうぜ? 天音の天の川」  冬磨が目を細めて微笑み、俺の頭をクシャッと撫でる。  天音の天の川……その言葉にぶわっと感情があふれそうになった。  そんな言葉と笑顔で頭を撫でないでほしい。心臓がもたないよ……。 「なんだよ、天音の天の川って。くさ……」 「いいだろ? 天音の天の川。すげぇ綺麗」  もうこれからは、天の川が特別になる。きっと見るたびに冬磨を思い出す。  ありがとう冬磨。いつか冬磨と終わりがきても、天の川があれば生きていけるかも。 「天音」 「……なに」  声が震えそうになった。 「俺、小田切(おだぎり)冬磨」 「…………え?」 「俺の名前。小田切冬磨。お前の見ちゃったから。これでおあいこな?」  また優しく微笑んで頭を撫でる。  ずっと知りたいと思ってた冬磨の名前。  小田切……冬磨……。  まさか教えてもらえる日が来るなんて思いもしなかった。  でも……他のセフレも知ってるのかな。 「……ほかに……知ってる人、は?」  思わず聞いてしまった。  俺だけがいい……。俺だけ特別がいい……。 「ん? ほか?」 「ほかの……セフレ……」 「は? そんなの教えるわけねぇじゃん。天音だけだよ」  冬磨の答えを聞いた瞬間、俺は冬磨の胸に顔をうずめて抱きついた。  頭で考えるよりも先に身体が動いてた。  こんなのセフレがすることじゃない。抱きついてからそう思ったけれど、もう遅かった。だって……抱きつきたいと思う前に抱きついていた……。  「あ、天音? おい……?」 「…………眠い。もう寝る」 「あ、ああ……眠いのか。うん、おやすみ」    冬磨は俺を離そうとはせず、頭を優しく撫でてくれた。  愛しくて愛しくてたまらない……。  大好き……冬磨……。小田切冬磨……。  俺は冬磨の胸で幸せの涙を流しながら、そのうち眠ってしまった。  

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