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クリスマス 3
「ただいまー!」
玄関で靴を脱いで早足で廊下を進むと、リビングのドアが開いて冬磨がやってきた。
「ずいぶん遅かったな?」
「う、うん、ごめんっ。ちょっと寄り道してた」
「電話したのにスマホ忘れてるし。心配するだろ?」
「ぅ……ごめんっ。本当に……っ」
一時間は経ってないけど、ケーキを取りに行くだけにしては遅すぎる時間。
冬磨、心配してくれたんだ。「何やってたんだよ」って怒るんじゃなく、心配してくれたんだ。
「なに天音、なんかすげぇ笑顔じゃん」
「え、あ……っ」
冬磨の優しさが嬉しくてつい……っ。
謝ってるのに笑っちゃだめだよね……っ。
「まぁ、無事でよかったよ」
優しい笑顔で頭をポンとされて、ホッとしたのと同時に思わず顔がとろけた。
「お前、顔に何かついてるぞ?」
「え? ……あっ!」
しまった! クリーム!
あとで鏡見ろって言われてたのに忘れてた!
どうしようどうしよう! ケーキ作ってたってバレちゃう!
気づけばケーキの箱をぎゅうっと抱きしめていた。
そんな俺を不思議そうに見つめた冬磨は、ケーキの箱に視線を落とし、そしてまた俺を見た。
すると、みるみる笑顔になって「ふはっ」と笑った。
「なるほどな。じゃあこの白いのは……」
冬磨の指が俺の頬を撫で、ゆっくりと顔が近づいてくる。
「あ、の、冬磨、ん……っ」
ペロっと頬を舐めてちゅっとキスをされ、ふるっと身体が震えた。
キスなんて毎日してるのに、クリームだとバレないようにしなきゃと警戒していたせいか、不意打ちすぎてドキドキが半端ない。
「うん、甘いな」
「き……気のせいだよ」
「鼻にもついてる」
「えっ、……ん……っ」
「やっぱ甘い」
クスっと笑って「ありがとな、天音」と頭をくしゃっと撫でられた。
うう……やっぱりバレちゃった……!
せっかくのサプライズだったのに……!
「じゃあ、ケーキは冷蔵庫にしまっておくか」
「えっ、料理と一緒に並べないの?」
「ん? 食後じゃないのか?」
「だってパーティーだよ?」
俺が首をかしげると、冬磨はまたふはっと笑った。
「んじゃ、そうしよ」
くしゃくしゃっと俺の頭を撫でてから、笑顔でケーキの箱をそっと手に取りリビングへと向かっていった。
「ほら、天音も来いよ。パーティー始めるぞ」
「う、うん!」
サプライズは失敗しちゃったけど、冬磨がすごく笑顔だからもうなんでもいいや。
今日は冬磨に、クリスマスを最高に楽しんでもらいたい。
俺の実家に挨拶に行った時、冬磨が言ったあの言葉を思い出して、胸がぎゅっと締め付けられる。
『自分がなぜ生きてるのかも分からないような毎日でした……』
きっと、何年もクリスマスを楽しむなんてこと、なかったんじゃないかと思う。
だからこそ、今日は冬磨をたくさん笑顔にしたい。
すごくすごく楽しいクリスマスパーティーにしたいっ。
「うわぁ! 美味しそう!」
ローストチキンはたくさんの野菜と一緒にオーブンで焼き上げて、香ばしい香りが広がっている。それからフライドポテト、サラダ、カップに入った白いスープ。
「これはシチュー?」
「クラムチャウダーだ」
「クラムチャウダー! すごい! 冬磨はなんでも作れるんだね!」
「いや、レシピ見ながら作ってみたんだ。シチューより簡単だったよ」
「えー? うそだぁ」
「ほんとほんと。ほら、天音。ケーキ出して? 早く見たい」
「……あ、う、うん」
箱から出すのも緊張する。崩れないかな……大丈夫かな……。
生まれて初めて作ったケーキ。冬磨、喜んでくれるかな……。
緊張しながら箱を開け、ケーキが乗ったトレーをそっと引いた。ケーキがそのまま綺麗に出てきたのを見て、ほぅっと息をついた。
冬磨が作ってくれた料理と一緒に、サンタが乗ったイチゴのホールケーキがテーブルを飾った。
ドキドキと冬磨を見る。
数回瞬きをして「あれ?」と首をかしげる冬磨に、俺は恐る恐る問いかけた。
「な、なにか変……?」
自分でも分かるくらい、不安げな声になっていた。
「なんか俺、勘違いしたわ、ごめん」
「勘違い……?」
「いや、てっきり天音がケーキを作ってくれたんだとばっかり……」
……え? あれ? どういうこと?
「あの……ケーキ、作りました……っ」
「え?」
「だから……ケーキ、俺が作りました!」
「は……」
冬磨は固まって目を見開いた。
俺が作ったケーキを、穴が開きそうなくらいじっと見つめている。
「……いやいやいや、これは売り物だろ」
真面目な顔でそんなことを言う。
「ううん。俺が作ったケーキだよ?」
「……天音が?」
「うん」
「これを?」
「うん」
「まじで?」
「まじでっ」
「……嘘だろ?」
「ほんとだよっ。スポンジはスーパーで買ったやつだけど、美香ちゃんに教えてもらいながら俺が作ったっ」
すると、これでもかってくらいに目を見開き、冬磨が叫んだ。
「すっっっげーじゃんっ! え、まじで天音が作ったのか?! どう見ても売り物だぞこれっ!」
「そ……それは褒めすぎだよ、冬磨」
「いやまじですげぇって! そうだ、写真っ。写真撮るぞ写真っ!」
俺の予想をはるかに超える冬磨の驚きと喜びようにちょっと恥ずかしくなったけど、それ以上に嬉しさが込み上げてくる。
冬磨が喜んでくれてよかった。
冬磨が笑顔になってくれてよかった。
楽しいクリスマスになりそうで、本当によかった。
冬磨はケーキをいろんな角度から撮り終えると、今度は俺を引き寄せて、料理とケーキを背景に俺たちの写真を何枚も撮り始めた。
なかなか終わらない撮影会に、思わず笑ってしまった。
こんなに喜んでもらえるなんて思わなかった。頑張ってケーキ作って本当によかった!
「ね、冬磨、ツリーの前でも撮ろう?」
「おお、そうだな。クリスマスだもんな」
毎年こうしてクリスマスの写真が増えていったらいいな。
「よし、最後にもう一枚撮ったら飯食おう」
最後と聞いて、シャッター音が鳴る瞬間に冬磨の頬にキスをした。
最後……と言ったはずなのに、冬磨はそのあと何枚もキスの写真を撮りたがった。
冬磨がすごく嬉しそうだから、もうなんでもいい!
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