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【出会いの春】第1話 episode.2
『僕がいじめられて、可哀想だからそんなこと言ってるんでしょ』
『違うよ、俺が君と友達になりたいんだ』
男の子にそう言うと、鼻をスンスンと鳴らしながらも潤んだ可愛らしい瞳で『ほんと、に?』と聞いてくる。
俺は座り込んでいる男の子の両手を握り、『いいよ』と答えた。
すると、今さっきの疑心暗鬼な表情からは想像出来ないくらい男の子は口をあけて笑う。
『ねぇねぇ、僕、朝陽って言うの。お兄さんの名前は?』
『俺はね…………』
そこから、頭の中に流れていた記憶が思い出せなくなった。
俺はこの桜の木の下にいる男もその男にそっくりな小さい男の子とも会ったことがないはずだ。
なのに、胸が苦しいし、嬉しいし、悲しくてごちゃごちゃになっている。
初対面の人にこんな感情抱くわけがない。
俺は堪らなくなって、綺麗な男に聞こえるか聞こえないかの声で「……朝陽」と名前を呟く。
すると、綺麗な男の眉がピクッと動き、今さっきとは表情が一変した。知られたくないことが知られたような、なんともいえないそんな表情。
「……君の名前は朝陽なのか?」
「………」
「俺と君、昔どこかで会ったことがある?」
いつもなら、きっと思い違いだろうと思って気にならないのに、なんだか俺は大切な何かを忘れている気がした。
だから、聞いたけど、返ってきた返事は「……知らない」というたった一言。それを言い残したまま、彼は桜の木の下からどこかへ歩いていった。
追いかけようと思ったけど、追いかける気にはなれない。彼は明らかに、俺のこの記憶のことを知っていると同時にそれを俺に知られたくないと思っているだろうから。
まぁ、きっと学校同じだから会えるだろう。その時に名前を教えてもらおう。
気づけば俺はこのときから、彼に、あの綺麗な男に夢中だったのかもしれない。
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