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第3話

 柔らかい良い匂いに包まれている感覚に俺は微睡みながら重くなっている瞼をユックリと開く。  実家で使っているお気に入りの柔軟剤を母に教えてもらい一人暮らしでも使っているが、その匂いでも無い。  目の前にある良い匂いの元に鼻先を押し付け開いた視界がクリアになってくると、俺はドキリとして固まってしまう。  抱き締められる形で冬悟と密着しているからだ。 「ッ……」  息を呑んで呼吸が止まり、体に変な力が入ってしまう。  ……起こさないように、ユックリ離れないと……。  先ずは顔からと、擦り寄せた鼻先を冬悟の胸から離し肩から背中に回っている腕を退かそうとソッと持ち上げてみる。そうして自分の体をずらして冬悟と俺の間に出来た空間に持ち上げた腕を置いて、ジリジリと横を向いた態勢はそのままに足からユックリと抜け出す。 「ぅ……ン……」  ベッドから出るとすぐに冬悟が小さく唸る。ビクビクしながらもある程度まで冬悟から背中を見せずにソロソロと歩き、ドア付近か? と予想して体の向きをクルリと変えるとすぐにあったドアノブを掴んで俺は寝室を出る。 「……ッ、ハァ~……」  詰めていた息を吐き出し、ドアに背中をあてて額に手を置く。  …………毎回、自分の心臓に悪い起き方をしているなと自覚しているが、無意識の自分に行動を慎めとは流石に言えない。 「てか……何であんな良い匂いしてんだよ……」  匂いは全部同じはずだ。冬悟が着ているスウェットだって俺が洗濯している俺の物なんだから。  自分が着ているスウェットをクンクン匂っても、いつもと同じ柔軟剤の匂いがするだけで俺は首を傾げる。  冬悟の体臭って事か? だって風呂でも使っているシャンプーやボディーソープは同じだから、違うとすればそれしか無いが……。 「まさか……フェロモン?」  って、βの俺にはαやΩのフェロモンを感じる事はあまり考えられない。βの中には敏感にαやΩのフェロモンを感じる人はいるらしいが、悲しいかな俺は本当に平凡なβだ。未だかつてフェロモンを嗅いだ事は無い。 「はぁ、考えるの止めよう。虚しくなるのは自分だ」  それよりも起きてくる冬悟に美味いコーヒーでも飲ませてやるか。と、俺はキッチンに足を向ける。  冬悟は俺が朝の用意を終わらせ、コーヒーメーカーに豆をセットしたところで寝室から出て来た。 「おはよう」 「……ウン」  低血圧の気がある冬悟は俺の挨拶に素っ気無く返事を返し、スタスタと俺に近付いて肩に顎を乗せると 「コーヒー……」 「飲むだろ?」 「ン……」  短く返事をしながら顎を滑らせ俺の肩口に額をスリスリと擦り付けて顔を上げると、まだ完全に開いていない目をそのままに洗面所の方へと歩いて行く。  ……………ッ、何なんだよあの態度ッ! 普段のお前と違い過ぎるだろッ!  寝起きの時だけ隙がありまくる冬悟は、α然としているいつもよりだいぶ幼く見える。そしてあんな風に甘えてくるアイツに、キュンキュンしてしまう俺も俺なんだが……。  けど普段甘えてこないアイツがああやって寝起きの時にだけ擦り寄って来るのは、正直言って悪い気はしない。むしろ可愛がりたくて仕方なくなってしまう。  あれが属に言うギャップ萌えってやつか……。クソぅっ、末恐ろしい奴だな。  心を落ち着かせようとスーハーと深呼吸を繰り返して、食器棚からマグを二つ取り出す。  ポットに二人分のコーヒーが落ちきったところで冬悟が洗面所から戻って来ると、先程とはうって変わりいつもの冬悟がそこにはいて 「奏汰、冷蔵庫から牛乳出して」  なんて、すぐに俺を顎で使い出す。  俺は冬悟の方を振り返らずにシンク横の棚に取り出した牛乳を置くと 「砂糖は? いるよな?」  と、次いでは聞きながら冬悟が揃えている調味料棚から砂糖を手にすると顔を冬悟の方へと向ける。 「ン? あ、あぁ……」  一瞬冬悟は焦ったような表情を浮かべるので、俺は不思議そうに視線を冬悟の手元へと移動させると、いきなり俺が砂糖は? と話しかけたからか微かにコーヒーがマグから溢れていた。 「あ、悪い」  俺はそう言って近くにある布巾でコーヒーを拭くと  グュッ、ルルル~……。  と、俺の腹の虫が鳴る。 「……ッ、すぐ何か作るからお前はコーヒー持ってあっち行ってろッ」  笑いを堪えながら肩を震わせて冬悟は俺にそう言うと、ズイと俺へコーヒーを入れたマグを差し出す。 「あ、あれがいいッ、ホットサンドッ」  俺はニカリと笑いながらコーヒーを受け取ってリビングの方へと移動する。  今日は確か俺も冬悟も昼過ぎからの講義だ。ユックリ朝食を摂って、多分冬悟は一度自分のマンションへと帰るだろうから、俺は冬悟が帰ったら洗濯でもしよう。

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