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第5話

 微熱はあるが、わざわざ冬悟が飯だけを作りに来てくれると解って、俺は講義が全て終わってから何か買って帰ろうと大学から電車に乗って街まで出る。  まぁ、今日だけじゃ無くていつも飯は作ってくれてるし……こんな事しか出来ないからな。と自分を納得させ、わりと有名なケーキ屋へと足を運んだ。  甘いものが苦手な冬悟も、以前一度食べた時に美味しいと言っていたチョコレートケーキを買って店を出る。  折角余り来ない街に出て来た勿体無さから、少しだけブラブラしようと俺は歩き出す。  冬悟から連絡が無いって事は、まだゼミの集まりで大学にいるという事だ。もし今日来れなくなっても大丈夫なように百貨店の地下に行って惣菜でも見ようと俺は近くの百貨店ヘ向かい色々と惣菜を物色する。  もし冬悟が来ても明日まで食べられる物や余り味の濃い物は避けるか……とウロウロする。  何店舗か回って惣菜をゲットした俺は、ソロソロ帰ろうと百貨店を後にして駅へと向かっていると、数百メートル先に冬悟によく似た人影を見付けて足を止めた。  ……冬悟? イヤ、アイツは今ゼミのはず……。  見間違いだと思い何歩か進んだが、今日着ていた服装そのままの人影に冬悟だと改めて確信した俺は、近くにあった自販機の影に隠れる。それはアイツが一人では無かったからだ。  一人であれば迷わず声をかけれていたが、冬悟の隣にはボブ位の髪をした女性が立って何事か話をしている。  女性と表現したのは、俺達と同じ位の年齢では無く少し年上だと感じたから。  それでも二人を見てみればフランクに話している事が遠目からでも解る。だって女性は終始冬悟の体に触っていて、冬悟もそれを嫌がっている素振りはない。それに二人共仲良さ気に笑い合っている。  大学で俺以外の奴から絡まれた時だってあんな表情は見せないのに……。見せるとしたら洋介の番の昴君位だ。 「誰……だよ」  腹の奥から湧き上がってくる仄暗い感情に俺はキツく唇を噛み締めていると、女性が何か白い袋のような物を冬悟に渡し、次いで冬悟の服をクイッと引っ張ったかと思った瞬間、二人はキスをしている。 「……は?」  自分の目の前で何が起こっているのか理解出来ずに、俺は停止してしまう。周りの人や雑音も聞こえなくなり、ただ鮮明に冬悟と誰か知らない女の人が口を合わせている場面だけが俺の視界をいっぱいにする。  二人にとっては一瞬の事で、キスに満足したのか女性は冬悟にまたねという感じで片手を上げると、俺が隠れている方へと足を向けこちらに歩いてくる。俺はハッとして自販機の影から出ると、不自然にならないように歩き出した。  視線を女性よりも遠くへ向ければ、冬悟は既に背中を向けて道の曲がり角を曲がる直前だった為、俺には気付いていない。そうしてまた俺は視線を近付いて来る女性へと向ければ、彼女は首にカラーを付けているのが目に入って……。  -----ドクンッ。  すれ違って行く彼女の顔を横目でチラリと盗み見て、次いでは再度確認の為に首元へと視線をずらせば、やはりアクセサリーでは無く鍵でキッチリと留められたカラーが首に装着してあって、俺はグッと力強く握り拳を作った。  あの後、自分がどうやって部屋に戻ってきたのか記憶が曖昧だ。  テーブルの上に投げ捨てたスマホが着信を告げて、やっと自分が部屋にいる事に気付いた。  部屋は暗く、帰って来て電気も点けずに……と、スマホを手に持ち部屋の電気を点ける。 「もしもし」 『奏汰か? お前、ラインしたのに返信無いから心配しただろ?』  電話口から冬悟の声が聞こえてドキリとする。  相手を確認せずに出てしまった……。今は結構冬悟と会話するのは苦痛なのに……。  返事を返すよりも先ず冬悟の声を聞いて胸が締め付けられ痛くなる感覚に、ハッ……と口が開くだけで言葉が出てこない。 『奏汰大丈夫か? 体調、悪化したのか?』  何も言わない俺に、冬悟は心配そうにそう言ってくれるが、俺は絞り出すように 「……あぁ、だから今日は……やっぱ来なくて大丈夫だから……」 『は? むしろ心配だから行くぞ』 「イヤ、来なくていいから……感染っても嫌だし」 『風邪かどうかも解らないのに?』 「ッ……」  それ以上頭の回らない俺は、上手いかわし方が解らずに黙ってしまいギュッと目を閉じる。 『……まぁ、これから行くから』  返事が返せず、俺はそのまま通話を切ってしまう。  明るくなった部屋のテーブルには、俺が帰って来たままの状態で、冬悟の為に買ったケーキと惣菜の袋が置かれていて、俺は力無くそれらを持ち上げると冷蔵庫の扉を開けて無造作に入れ、バタンと扉を閉める。  フラフラと再びリビングへ戻り、カーテンを引いて寝室ヘ向かいスウェットへと着替えてからベッドヘ潜り込むと瞼を閉じた。  何も……、今は何も考えたく無い。  瞼を閉じれば鮮明に冬悟と女性がキスしていた場面が蘇って、パッと目を開ける。  あの人はΩだった。アクセじゃない本物のカラーを着けていたって事は、そういう事だ。  Ωは自己防衛の為に首にカラーを着ける。そうすれば万が一発情期になってフェロモンが出てしまっても、不用意にαから項を噛まれない。そして、番ったαからカラーを貰う場合もある。それは所有の証。  二人はキスをしていた。それも自然に……。  だとすれば一番考えられる可能性としては、冬悟の番……。  今までそんな影さえ匂わせなかったのに……。何度か冬悟からの告白を断っていたが、冬悟はずっと俺の事が好きだと思っていた。だけどそれは俺の思い違いで、知らぬうちにそんな相手を見つけていたのだ。 「俺の、馬鹿……」  大学でも他の人からのアプローチを断っていたのは、俺じゃ無く彼女の為?  じゃぁ俺に対して思わせ振りな態度や言葉は何だったのか? 俺の事が好きだと言っている言動に、告白を断ってもまだ冬悟の一番は俺だとそれで確信が持てていたのに。 「……ッ、解ンね~よッ」  ガバリと掛け布団を頭まで被り、もう一度俺は目を閉じる。すると  ピンポ~ン。  冬悟が到着したとインターフォンが鳴り、俺はビクリと体を震わせた。  出来ることなら出て行きたくない。  そう思っていても鳴り止まない音と、リビングに置いてあるスマホが着信を告げ、俺はノソリとベッドから這い出ると重い足取りで玄関まで行き、ガチャリと鍵を開ける。  鍵が開いたと解り、勢い良くドアが開いて冬悟の心配そうな顔がすぐに飛び込んでくる。 「大丈夫か? 出ないから何かあったかと……」 「……大丈夫。体、怠いだけだから……」  力無く答えて俺は一度リビングの方へ行くと、テーブルにあるスマホを手に持ち 「本当、食欲無いし……作ってくれても食べないかもだから……」  帰って欲しい。とは言えなかった。  そのままフイと冬悟を極力視界に入れず寝室ヘ行こうと足を踏み出したところで 「大丈夫か?」  と、冬悟の手が俺の額へと伸びてくる。その動きに合わせて空気が踊り、フワッと匂ってきた冬悟の体臭に俺はカッと体に熱を持つ。  その一瞬に自分の体が別人のように熱くなり鼓動が跳ね、それを知られたくなくて俺は伸ばされた冬悟の手をパシンッと跳ね退けてしまった。 「ぁ……悪いッ……」  合わさった瞳がお互いに揺れている。  だが俺はすぐに視線を外して 「もう、寝るから……冬悟も……」  モゴモゴと口の中で呟き、俺は逃げるように足早に寝室へと行ってドアを閉めた。

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