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「話しかけても返事がなかったので、どうされたのかと思いました。お疲れですか?」 「あ、いえ⋯⋯ただぼうっとしていただけです」 「そうですか。あまり長話もよくありませんよね。私もそろそろ行かなくてはならない用ができてしまいましたし」 立ち上がった松下が、「また日が空いてしまうかと思いますが、来ますね」と言い残し、ドア付近で控えていた安野にも軽く挨拶しつつ、二人揃って出て行った。 「⋯⋯」 姫宮が考えごとをしている間にも松下は、自身の子どもの可愛い話をしていたのだろう。急に静かになった室内が、いつもより居心地よく感じられる。 「⋯⋯最低だと思うよね」 お腹を触りながら、誰に言うのではなく言った。 「自分が気を許してしまったから、その隙を狙われて、けど、その時はそう思わなくて。人の温もりが欲しかったのかな。子どもが出来て嬉しいと思っていたはずなのに、幸せごと奪われた瞬間から、松下さんのお子さんの話で⋯⋯妬んでしまった。本当、最低だ⋯⋯」 オメガである自分がいけないのだ。 安野が言っていたような、この性を受け入れているとは思えない。 ここまで浅ましい人間だっただろうか。 「私の、幸せって⋯⋯」 頭を抱えて、うなだれた。 意味もなく泣き喚いたい衝動に駆られた。が、扉越しに聞こえた安野がダイニングへと向かう足音で、辛うじての理性が引き止められた。 それでも胸に渦巻く感情が抑えきれなく、吐き気のような気持ち悪さを覚えた。 このままじゃ、自分は⋯⋯。 その時、お腹からもぞもぞとした感覚が伝わった。 どうしたものかと、思わずお腹を撫でると、さっきよりかは鈍いものの、反応し返してくれた。 思い過ごしかもしれないが、お腹の子が慰めてくれているように思えた。 「⋯⋯慰めてくれて、ありがとう。君はきっと、気の遣える子になるね。立派な社長さんになれる」

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