43 / 106

43.

その後、あの時お世話になった専属運転手の車に御月堂と共に乗り、マンションへと向かった。 車中でも例に漏れることなく、会話は一切なかった。 「ただいま戻りました」 「おかえりなさいませ。御月堂様との散歩はいかがでしたか?」 「ホテル内の喫茶店に行ったんです」 「まあ! 喫茶店だなんて素敵ですね! あまり行かれる機会がありませんでしたから、気分転換になりましたでしょう?」 「ええ、まぁ⋯⋯」 自分が行ったかのように楽しそうにそう言う安野に、「会話がほぼなくて気まずかった」とは言いにくく、曖昧な返事をした。 「元々、御月堂様と散歩するとは思わなくて驚きました。安野さんと行くものかとばかり⋯⋯」 そこで、安野が笑みを浮かべたまま硬直した。 この様子だと、また伝えそびれたとでもいうのか。 「安野さん、もしかして⋯⋯」 「いえ、違うのですよ。今回は違うのですよ、姫宮様。今日もいつものように、私と一緒に行くはずでした。しかし、直前になって松下さんを通して、御月堂様が一緒にお散歩をしに行きたいと仰られたのです」 「御月堂様が?」 「はい」 飲んですぐに仕事だというそんな彼が、急にそう言ってきたのは、やはり、あの時のことを詫びるために。 「お子さんに自分の声を聞かせるために、一緒に散歩でも行ったのでしょうか。それでしたら、別にここでもいい気がしますがね。お忙しい方ですから」 「そうですね。お茶した後、すぐに仕事へと向かわれたようですから」 リビングダイニングへの扉を開けようとした安野が、思わずこちらを見やった。 「え? では、姫宮はどうやって帰ってきたのです?」 「専属の運転手さんが迎えに来てくださって、それに一緒に乗せていただいたのです」 「あらまあ、そうだったのですね。ホテルがどこにあるのか存じませんが、普段のお散歩でも姫宮様が大変そうで、ですが、汗ひとつかいてないから、どうしてなのだろうと思っていました」

ともだちにシェアしよう!