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その後、あの時お世話になった専属運転手の車に御月堂と共に乗り、マンションへと向かった。
車中でも例に漏れることなく、会話は一切なかった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ。御月堂様との散歩はいかがでしたか?」
「ホテル内の喫茶店に行ったんです」
「まあ! 喫茶店だなんて素敵ですね! あまり行かれる機会がありませんでしたから、気分転換になりましたでしょう?」
「ええ、まぁ⋯⋯」
自分が行ったかのように楽しそうにそう言う安野に、「会話がほぼなくて気まずかった」とは言いにくく、曖昧な返事をした。
「元々、御月堂様と散歩するとは思わなくて驚きました。安野さんと行くものかとばかり⋯⋯」
そこで、安野が笑みを浮かべたまま硬直した。
この様子だと、また伝えそびれたとでもいうのか。
「安野さん、もしかして⋯⋯」
「いえ、違うのですよ。今回は違うのですよ、姫宮様。今日もいつものように、私と一緒に行くはずでした。しかし、直前になって松下さんを通して、御月堂様が一緒にお散歩をしに行きたいと仰られたのです」
「御月堂様が?」
「はい」
飲んですぐに仕事だというそんな彼が、急にそう言ってきたのは、やはり、あの時のことを詫びるために。
「お子さんに自分の声を聞かせるために、一緒に散歩でも行ったのでしょうか。それでしたら、別にここでもいい気がしますがね。お忙しい方ですから」
「そうですね。お茶した後、すぐに仕事へと向かわれたようですから」
リビングダイニングへの扉を開けようとした安野が、思わずこちらを見やった。
「え? では、姫宮はどうやって帰ってきたのです?」
「専属の運転手さんが迎えに来てくださって、それに一緒に乗せていただいたのです」
「あらまあ、そうだったのですね。ホテルがどこにあるのか存じませんが、普段のお散歩でも姫宮様が大変そうで、ですが、汗ひとつかいてないから、どうしてなのだろうと思っていました」
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